• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • 新館長・蔵屋美香が語る横浜美術館の展望。「新しい星座を描き…
INTERVIEW - 2020.4.11

新館長・蔵屋美香が語る横浜美術館の展望。「新しい星座を描きたい」

2020年4月1日をもって横浜美術館の新館長に就任した蔵屋美香。25年以上にわたり東京国立近代美術館でキュレーターとして活躍してきた蔵屋は、新たな舞台で何を目指すのか?

聞き手・構成=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) ポートレート撮影=稲葉真

蔵屋美香
前へ
次へ

新しい課題にもうひと頑張りしたい

──蔵屋さんは1993年から2020年3月まで東京国立近代美術館(以下、東近美)で務められ、館を代表するキュレーターでした。なので、今回の横浜美術館館長就任には驚いたというのが本音です。まずは、横浜美術館館長という職を引き受けた理由をお聞かせいただけますか?

 私は東近美に26年──四半世紀ですね(笑)──いて、やることはやった、という気持ちはあったんです。東近美にはコレクションを担当する「美術課」と、企画展・教育普及・ライブラリ運営などを行う「企画課」があって、私が美術課の課長になったのが12年くらい前。そこではいろんなことを変えたんです。

 例えばコレクションのスキーム。それまではなんとなく90年代までの作品で購入・収蔵が止まっていたんですが、あらためてコレクションの全体をバランスシートにして、欠けているところを点検した。そこを補うという考え方に変えたんです。自分の好き嫌いではなく、国のコレクションとして全体をたどれるように、です。

 2012年には展示スペースの大リニューアルもやりました。スペースの変更にあわせて、展示内容も大きく変えたんです。ちょうど東日本大震災があった直後だったので、「戦争」や「関東大震災」などの大きなターニングポイントで美術を見せていくということなどをしました。コレクションではこのふたつが大きかったですね。

蔵屋美香

 いっぽう企画課ですが、企画展はコレクションに比べ、収入集客に対するノルマはシビアです。なので、扱うジャンルの範囲を広げて共催者が入りやすくするとか、ブロックバスター(編集部注:メディアとともに共催する数十万人を動員する規模の大型展)ではない共催展の道を探って内容や仕組みを変えたりしました。来場者数10万人をちょっと切るくらいで、美術館と共催者がお互い楽しく、いい仕事ができたねというくらいの展覧会を成立させて、新しいスキームをつくろうとした。これで学芸に関わる仕事はほぼ両方やったなと思ったんです。

 (東近美の)課長という職は学芸分野だけでなく、館全体の運営──それは予算や労務管理のことなども含めて──も視野に入るんですね。そうすると、美術館全体がうまく回ることについても考えるようになりました。そういう意味で、「館長」というのは私にとっていま興味ある課題なんです。だから体力が残っているうちにもうひと頑張りしたいなと(笑)。

 ただ、学芸員はその美術館のコレクションにくっついているようなところもあるので、長年親しんで、トークの定番ネタにもしていた萬鉄五郎や岸田劉生なんかと離れるのはすごく寂しかったですね。

──四半世紀ずっと東近美にいらして、一転して違う美術館の館長に就任する、というのはとても大きな環境の変化です。いまはどういう心境なのでしょうか?

 とはいえ同じ業界なので、違う支社に来たみたいな感じです(笑)。もちろんお客さんとしても横浜美術館は見ていましたし、制度の設計や成り立ち、活動など共通するところは多いんですよ。

 ただ違う部分ももちろんたくさんあるので、これまで横浜美術館がやってきた活動の経緯を大切にしつつ、新しいことをするにはどうするのか。観察しながら考えないといけませんね。

コレクションが美術館の根幹

──就任されて間もないので答えづらいかもしれませんが、館長としてこの横浜美術館をどういった方向に導きたいのか、現時点で何かビジョンはありますか?

 まだなんとも言えません(笑)。いろんな人がいろんな思いを抱えて30年続いてきた美術館なので、全体を見せていただくのに何ヶ月かは要すると思います。

 ただ個人的にはコレクションがとても気になりますね。日本の美術館は長らく、企画展が中心で運営されてきて、東近美ですら「コレクションが館の根幹だ」と全員の認識が変わったのは数年前なんですよ。コレクションが素晴らしくてもアピールが弱い。それが日本の美術館の一般的な姿です。

蔵屋美香

 横浜美術館は1万2000点ほどコレクションがあり、シュルレアリスムや写真、原三溪ゆかりのコレクションなど、複数の大きな軸があるので、ここをいかに見せていくのかが興味のあるところです。解釈の更新もありますし、作品間のつながりを変えて違うストーリーを浮かび上がらせることもできるでしょう。

 第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだの西洋美術も、コレクションの大きな塊としてあります。いざ戦争や災害が続く時代に自分が生きるようになってみると、収集時とはまったく異なる、今日的でビビッドな解釈がキュレーターにも鑑賞者にも見えてくる。昔のものをいまの課題としていかに見せるかとか、ポテンシャルはいくらでもあると思います。

「横浜美術館開館30周年記念 Meet the Collection―アートと人と、美術館」(2019)より、今津景が参加した「イメージをつなぐ」展示風景 Photo by Shirai Haruyuki
「横浜美術館開館30周年記念 Meet the Collection―アートと人と、美術館」(2019)より、菅木志雄参加の「モノからはじめる」展示風景 Photo by Shirai Haruyuki

──先程、東近美では「コレクションのスキームを変えた」と仰いましたが、横浜美術館でもコレクションの見せ方や収集方針なども考えていきたいと。

 そうですね。(コレクションを)一度総点検したらいいと思うんですよ。マッピングしてみて、足りていないところを把握することがとても重要。

 あと、東近美も横浜美術館もですが、ここ30〜50年に開館した日本の美術館のコレクションには西洋と日本の美術しかないんですよね。欧米美術に日本がひとりで対峙しているという構図で「日本の特質とは何か」を考えてきたのです。しかし現在は「アジアやアフリカ、オセアニア、中東といった様々な世界の周縁がネットワークとなって“幻の中心“である欧米に対峙している」という枠組でものを考えることが当然の時代です。だから日本がひとりだけ西洋と対峙しているような考え方はさすがにもう......。とはいえ、その周縁の美術を急にコレクションするというのは難しい。下手をすると、それらの地域の重要作を日本が奪うという簒奪の問題も起きてしまいます。

 なので、まずは企画展や資料、解説の書き方などで、その視点はいつでも持っておけるようにするというところでしょうか。幸い、横浜美術館には横浜トリエンナーレがあり、その都度世界のアーティストが各国の状況を見せてくれる。その経験がうまく美術館の視点にフィードバックされていければいいなと思います。

写真展示室(2013年度コレクション展より) 撮影=田中雄一郎
コレクションの展示風景(2018年度コレクション展より) 撮影=加藤健

──横浜トリエンナーレがある、というのは横浜美術館にとっては大きなことですよね。例えば前館長の逢坂さんはヨコトリ組織委員会の副委員長でもあります。この美術館と国際展の距離の近さについてはどう思われますか?

 もちろんまだ私はやっていないのでわかりませんが、美術館と組織委員会という組織の二重化など、大変なことを背負い込んでいるなという感じはあります。

 ただ、自分たち(美術館)だけでやっていると視野が狭くなるところに、3年に一度、強制的に別の視点が持ち込まれるという点ではすごく期待しています。

 釜山や台北など、昨今ビエンナーレ・トリエンナーレのメイン会場が美術館になる流れが強くなってきましたよね。そのメリットは文化財を出品できることなんです。美術館はビエンナーレ特設会場みたいな仮設的な場所に比べ、文化財展示に不可欠な設備が整ってますから。文化財を出せることで、おおよそ500〜100年くらいの期間の美術のつながりを念頭に置きながら、国際展の設計ができるようになった。

 横浜美術館がヨコトリのメイン会場であることは、そうした世界的な流れのなかでも可能性があることだと思います。

蔵屋美香

──横浜美術館はいわゆる「現代美術館」ではないと思うのですが、蔵屋さんから見て、横浜美術館はどういう美術館なのでしょう? コレクションの強みについては言及されましたが。

 現代美術は1960〜70年代に「根っこ」があり、その60〜70年代美術は1910〜20年代のダダやシュルレアリスムを参照しているので、あわせると100年くらいの美術の動きの上に成り立っている。(横浜美術館は)これをまとめて扱うことができる美術館です。

 私自身、東近美に就職した当時はこの部分の理解がなかったので、現代美術と言えば「いま流行っているいい感じのものをなんとなく」みたいになりがちでした。でも、2009年に企画展「ヴィデオを待ちながら:映像、60年代から今日へ」で60〜70年代の美術を扱うことになり、ひたすら当時の美術を勉強することで現代美術の基礎を確認することができた。そうして初めて系統立ったビジョンを持てたんですね。

 なので、この基礎から現代美術を見せることが可能な近現代美術館は本来あるべき姿なのかなと思います。

コレクションの展示風景(2018年度コレクション展より) 撮影=加藤健
コレクションの展示風景(2019年年度コレクション展より) 撮影=加藤健

──あとはその姿をどう来館者に見せていくかですね。

 そうなんです。これはもう具体的に示していくしかないですね。

 美術館に務めていると100年くらい前に亡くなったアーティストでも昨日の人みたいに感じるような、浮世離れした時間感覚で生きるようになるんです。それは作品というタイムカプセルが現実に目の前にあるから。例えば関東大震災と東日本大震災の類似は東近美でしきりに取り上げたテーマです。100年の時を経ても、災害に対して同じような反応をする社会をアーティストがどういう目で見ていたのかが生々しくわかるんですよね。今回の新型コロナウイルスでも、スペイン風邪(1918)やAIDSの時代を振り返ると、意外な作品がその問題に反応していたことがわかったりする。私のテーマは「歴史は繰り返す」なので、そのための100年分の蓄積があるというのはいいことだと思います。

厳しい時代、館長に求められるもの

──少し話をマクロな方向に広げたいのですが、蔵屋さんは日本における美術館館長とはどういう職だとお考えですか? というのも、日本では美術畑ではない行政の人間が館長になるケースも多いですよね。

 日本の場合、トップに立つのは行政からの天下りや大学の先生などが多く、そういう方々は必要な知識の一部分しかないような気がしていたんです。

 私は何も天下りを完全否定するわけではありません。日本の場合は、多くの美術館の運営費は行政から出ているので、そこと太いパイプがあり、かつ文化に深い理解がある人が館長になるというのは合理的でもあります。ただ、文化に対する知識や愛情がない人も多いので、弊害が生じがちです。

 いっぽう、大学の美術史の先生は美術の専門知識はあっても美術館運営や労務管理についての知識がほとんどないことが多いと感じます。働く人を守りながらいい内容の活動をする、という全体が見えていないことが多いんです。

 私は、美術と経営、労務管理の三つの知識を持っていることが重要だと考えています。欧米の場合は館長教育みたいなものがあって、若いときからトップのビジョンを持つ訓練をしていたり、収支をシビアに見る目を養っていたりする。

 日本の場合まだまだその面が難しいですが、この先は欧米と同じようになっていくのではないでしょうか。これだけ厳しい世の中になると、「お飾り」の館長では美術館はやっていけない。現実的に機能する人が来ないと無理だと、みんなが実感していますから。

──まったく同感です。

 じつは私、労務管理とか好きなんですよ(笑)。これは美術の大きなテーマにもなると思うんです。つまり、世の中はブラック企業や派遣切りといった多くの問題に直面しているわけですよね。そうした大きな労働に関する問題を美術としても扱うことは重要な気がしています。展覧会や表現としても成立するし、館の運営にも資する問題なので、ちゃんと勉強したいと思ってるんです。

 世界的に「環境」が美術の大きなテーマになっていますが、「労働」も同じく美術のテーマとなっていいと思います。

──そうした労働や働き方に関する問題の一環として、ジェンダーバランスがあります。日本では女性の館長はかなり少なく、蔵屋さんも「女性館長」という文脈で注目されることは否めないと思います(それは取り上げるメディアの姿勢にも関わりますが)。日本美術界のジェンダーギャップについて、どうお考えですか?

 私が東近美に入ったときは上が中高年の男性ばかりでした。でもこの二十数年で東近美ですら女性ばかりの職場になった。美術の現場は女性の進出が他分野に比べて早く進んだし、女性が占める割合が大きいです。となると、館長もこのあとは女性がなっていくことが多くなるのではないでしょうか。私や森美術館の片岡館長はその最初のケースで、5年後には女性館長が普通になっていて、誰も何も言わなくなるのでは(笑)。

 ただ女性の比率が高いというのは、それはそれで問題なんです。美術業界で女性が多いのは「絵を描いたりするのは女・子供のすること」という考えが未だに強いからだと思うんですよね。美大でも、女の子であれば行かせるけど男の子だと就職を考えて「ちょっと......」となる親は多いはずで、その結果として学芸員も女性が多くなる。この歪みがあるとすると、「女性館長が多ければいい」というわけでもない。

 いま社会で起こっていることをちゃんと把握し、最新の知識でそれを考えるという態度を持ってさえいれば、年齢とジェンダーはそんなに関係ないと思っています。

蔵屋美香

──今後の横浜美術館の展望について、蔵屋さんのお考えをお聞かせください。

 横浜美術館はヨコトリのあとひとつ企画展を開催し、2年を超える改修工事で休館するんです。美術館にとって、見えないけれどじつは重要なのは空調や収蔵庫といった施設面のインフラなので、これを完璧にしておかないと次の10年、あるいは20年の美術館運営は砂上の楼閣です。もちろんこのインフラには、先程申し上げた人のインフラ、働く環境の整備なども入ってきますね。

 あと、この改修工事は次の10年の長期計画をつくる時期とも重なっているので、この機会に美術館の強みや目標などを全部洗い出そうと考えています。

 最近、自宅も職場も引っ越したので荷物を整理してばかりいるのですが、大切にしてたけどいま見ると色褪せているものっていっぱいあるんですね。それは組織もきっと同じで、自分のなかに充分吸収し終わったから捨てていいものや、大事にしていたけど世の中が変わってしまったため役目を終えたものなどがあるはず。それを点検するのにちょうどいいなと。

 コレクションもそうですが、みなさんと協力して、美術館のなかにあるあの星、この星をつないで新しい星座を描ければいいなと思います。

蔵屋美香

 ──最後に、こうしたインタビューではあまり時事的な話題については質問をしないのですが、新型コロナウイルスについてお聞かせください。今回の新型コロナでは、美術界も大きな打撃を受けていますね。横浜美術館も展覧会を会期途中で休館しています。こうした状況下で、日本の美術館はどのように変化していくとお考えですか?

 休館という事態に直面して、多くの美術館がネット上でコンテンツを公開していますね。でもそれでかえって作品を現場で見るのとウェブで見るのとでは大きく違うということがわかりましたよね。それは大きな教訓になると思います。ウェブだけでは人は満たされない。両者は互いに補い合う存在だと。

 共催展も、ここしばらくはハイリスク・ハイリターン化していました。私が研修でイギリスにいた15年ほど前、現地で「ブロックバスター」という言葉がしきりに使われていました。でも日本にはその言葉すらなかった。しかし数年後には日本でも何十万人も動員するような、大きな資本を投下する展覧会が増えていった。逆に中・小規模の共催展はなくなっていったんです。

 ハイリスク・ハイリターンの展覧会は最初の投資額が大きいので、共催者も館も基礎体力が必要ですが、今回のような予測できない事態があると今後はこの考え方が難しくなる。世界的にブロックバスターが見直される時期なのかもしれません。

 とくに日本は、ブロックバスターの考え方が入ってきたのは遅いのに、来館者数では世界のトップに入るような成績を上げてきた。それに伴って美術館は収入・集客のノルマが大きくなり、ブロックバスター頼みで収支計画が組まれるようになりました。しかし(新型コロナで)それができなくなると、ノルマの立て方も見直さざるをえない。美術館はなんのために活動するのか、という考え方自体が変わってくるのではないでしょうか。

 世の中のバブルが終わったのに、美術館界だけはバブルの雰囲気がなぜか継続してきた。ハイリスク・ハイリターンはずっと続けられるわけではなく、今後は活動サステナビリティーが重要になってくるのではないでしょうか。