2023.1.15

モダニズム建築を100年先へ残せ。大髙正人設計の全日本海員組合本部会館が保存・改修へ

前川國男のもとで学んだ戦後を代表する建築家のひとり、大髙正人が設計した全日本海員組合本部会館(東京都港区六本木、1964年竣工)が保存改修されることとなった。スクラップ&ビルドされるケースもあるモダニズム建築だが、この建物はなぜ生き残れたのか?

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

全日本海員組合本部会館の地下大会議室
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 六本木を通ったことがある人ならば、この建築の姿を見たことがあるのではないだろうか。日本唯一の産業別労働組合である「全日本海員組合」(会員数約8万人)の本部会館だ。このビルは、前川國男のもとで学んだ戦後を代表する建築家のひとりで、千葉県立美術館や福島県立美術館なども手がけた大髙正人(1923〜2010)が設計したもの。六本木という日本でもっとも新陳代謝が激しいと言える地において、半世紀以上の歴史を持つこの貴重な建築が保存・改修される。

全日本海員組合本部会館

 1964年竣工の本部会館は地下3階地上6階。デザインの随所に前川イズムを感じる建築だ。例えば床のタイルは、大髙が独立直前に関わった前川建築「東京文化会館」(1961年竣工)の壁で使われているものと共通している。照明やドアの取っ手なども前川建築と共通するものが多いことに気づく。またホワイエに向けた吹き抜けのつくりかたなどは、前川建築のDNAを継承していると言えるだろう。

床のタイル
1階と地下を吹き抜け

 歴史的な重要性を帯びたこの建築も、ほかのモダニズム建築同様、老朽化や耐震問題などにより建て替えが検討されるようになった。そのいっぽう、建て替えとする場合、現在の敷地条件や制限により延床面積が大幅に減ってしまう。建て替えか保存か、結論が出せない状況が続いていた。

 転機となったのは2016年に国立近現代建築資料館で開催された「社会と建築を結ぶ–大髙正人の仕事」展だ。同展において、現存する大髙建築として本部会館が取り上げられたことで、再評価の機運が高まったという。アーカイブズの仕事が建築保存を後押ししたのだ。

 翌17年には日本近代建築の再評価を行うドコモモ・ジャパンにより、「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」の代表的作品として選定。こうした動きが重なり、保存・改修が決まった。

 しかし、保存・改修のもっとも大きな決め手となったのは海員組合の意思だ。田中伸一組合長代行は、本部会館を「60年にわたりこの地で様々な活動をしてきた。船員と家族を守る大事な拠点」としつつ、「資本の論理で建て替えや開発の話につねに翻弄されてきた。100年先も残せるような、日本の船員の生活を守る拠点として使い続けていきたい」と意気込む。

 改修を手がけるのは、大高事務所出身である野沢正光が主宰する野沢正光建築工房だ。24年9月末まで行われる改修工事では、外観は既存建築を継承。そのうえで、空調衛生設備の更新や内外装の更新を実施する。サンクンガーデンの増築部分は撤去され、地下1Fを竣工当時の自然光が入る空間へと復旧させるという。

現在の地下一階吹き抜け部(ホワイエ)。本来は左側から外光が取り入れられていたが、いまは窓の奥に増築部があり塞がれた状態に
改修後のホワイエ

 地下大会議室は、講演会や音楽会などの文化活動ができる空間へと更新され、展示資料室も新設されるという。1階から展示資料室までは公開スペースとなる予定で、六本木通り側からもアクセスできるようになる。組合員が使用するだけでなく、地域にも開かれたモダニズム建築となることが期待される。

教会のような雰囲気を持つ地下大会議室
地下大会議室天井のモチーフは北極星のようにも見える

 改修工事を担当する野沢は、「近代建築は建築家がいくら努力しても、所有者の歴史に裏付けされた自負や記録が同調していないと残すことができない」と話している。また国立近現代建築資料館で「社会と建築を結ぶ–大髙正人の仕事」展を担当し、今回の保存改修プロジェクトにも携わるアーキビストの藤本貴子も、「この建物が商業ビルではない、非営利組織の建物であることが大きい。海員組合の誇りや矜持が今回の保存改修につながった」と振り返る。所有者の意識が、モダニズム建築の保存にいかに重要かが示された事例だ。

 歴史ある建築物がスクラップ&ビルドとなることが多い日本の大都市。このように近代建築を現代にアップデートし使い続けようとする姿勢は、持続可能性が謳われる現代において、大きな意味を持つものとなるだろう。

屋上からは変わりゆく六本木を見渡せる(中央は国立新美術館)
柱のないコーナー部分が特徴的
内部には船乗りを主題にした絵画なども保存されている