近代建築の巨匠・前川國男による設計で1981年に竣工し、昨年11月に移転する方針が固まっていた宮城県美術館が、現在地で存続することが明らかにされた。河北新報などによると、村井嘉浩宮城県知事は、宮城県美術館を増築せずに現地改修する方針を示したという。
同館は宮城県仙台市青葉区の文教地区の一角にある美術館。地下1階、地上2階建ての同館には、4つの展示室のほか、創作室、造形遊戯室、講堂、図書室などが設けられており、明治時代以降現代までの日本画、洋画、版画、彫刻、工芸や、外国作品や戦後日本の絵本原画など約6800点の作品が収蔵されている。
この美術館をめぐっては、2018年に宮城県が「宮城県美術館リニューアル基本方針」を策定し、「キッズ・スタジオ」や「見える収蔵庫」など具体的なリニューアル内容を発表。しかし昨年11月には、まったく異なる方針が発表され、同館を建て替え検討中の宮城県民会館の新建設予定地である旧仙台医療センター跡地に移転させ、集約する方針が固まった。
こうした宮城県の方針に対して、移転に反対する市民団体「宮城県美術館の現地存続を求める県民ネットワーク」などが立ち上がるなど、多くの反対の声が上がる事態へと発展していった。
今回の移転断念について、近代建築の記録と保存を目的とする国際学術組織「DOCOMOMO」の日本支部前代表で、『建築の前夜―前川國男論』(2019年日本建築学会論文賞受賞)などの著書がある京都工芸繊維大学教授・松隈洋は「結果オーライではなく、丁寧にプロセスを記録しておく必要がある」と語る。
「宮城県美術館は『開かれた美術館とはなんなのか』を問いかけて生まれた美術館。この移転議論に際しては市民の声が貴重な財産であり、東北大学の人文系の先生方が声を上げたことも大きかった。建築界だけではこのような結果にならなかったのではないか」。
いっぽう、今回の移転断念はあくまでひとつのケースに過ぎないと指摘する。「移転断念はコストによって判断されたもので、県や知事の考えそのものが変わったわけではない。文化への逆風が吹くなか、公共施設の選択と集中をめぐる議論は、今後も同じように起こる可能性がある。乱暴な議論を再発させないためにも、市民の共有財産をどうすれば守れるのかを持続的に考え、活動していく必要がある」。