姉妹都市の関係にある京都とパリは、それぞれ世界的な文化財を数多く抱え、長く親密な関係を育んできた。京都市山科区にあるフランス政府のアート・イン・レジデンス「ヴィラ九条山」も今年で開館30周年を迎える。毎年フランスから数名のアーティストが訪れ、京都に滞在しながら創作活動を行う場だ。パリ発祥のニュイ・ブランシュ(白夜祭)に着想した「ニュイ・ブランシュKYOTO」は、そんな互いの文化交流を祝う祭典でもある。本来は一夜限りのアートイベントだが、前後数週間にわたって作品を展示するスペースも増え、祭典後も趣向を凝らした関連イベントが企画されている。
二条通りと交差した先にある創業300年の香老舗、松栄堂薫習館では、石の詩的な芸術性について研究するサンドリーヌ・エルベルグ(2021年度ヴィラ九条山レジデント)の写真作品が10月30日まで展示されている。鉱物と天体のシンボルである石の輪郭はおぼろげで、日本庭園から宇宙へと静かな広がりを感じさせる。心地よい香りが漂う空間で、ひととき街の喧騒を忘れ、遠くを旅しているような感覚を味わえる。
世界文化遺産である二条城二の丸御殿台所・御清所では、10月8日に始まり11月27日まで開催されている「BIWAKOビエンナーレ2022 “起源〜ORIGINE〜”」のプレイベントが、「ニュイブランシュKYOTO 2022」の一環として開催された。ビエンナーレに参加する4名のアーティストが、古典的なモチーフと若い感性を融合させ、自身の作品に展開。荘厳な建物を会場に、それぞれ異なる素材と空間活用に個性が反映された。
祇園の建仁寺の近くにある生地店「Jasmin(ジャスミン)」の地下には、小さな防空壕をギャラリーに改装したスペースがある。ここに展示されていたのは、ボテラ・ブルノによる《猿のお金》(2022)。床には猫の爪研ぎ用の段ボールブロックが敷かれ、奥にはプラスチック製のトレイの上に、猫のトイレ砂で固められた便座のような造形が目に入った。聞くと、もともと猫が数匹住んでおり、この小さな地下空間を自由に出入りしているとのこと。床には、猫の足跡や段ボール屑が残っていた。猫たちが戯れ遊んだ昨夜の痕跡に、波打つ床のグリッド模様。しばし催眠にかけられたような気分を味わわせる空間だ。
旧日仏会館時代から数えると、今年で創立95周年のアンスティチュ・フランセ関西。建物は趣深く、国の登録有形文化財にも指定されている。フランス・レンヌ出身の若手イラストレーター、エリー・オールドマンによるインタラクティブなイラスト作品は、あるアクシデントによってベッドの上で長い時間を過ごさなければならなくなり、療養期間中にインスタグラムに終わりのないドローイングを投稿し始めたのがことの発端。やがて投稿数は200に膨れ上がり、全長14メートルの作品となった。今回展示された《La Grande Histoire du Dessin Sans Fin / 終わりなき絵の壮大な物語》は、来場者がiPadを絵にかざし、思い思いに環境意識を取り込んだカラフルなストーリーを楽しむというもの。10月29日までの展示期間中には、子供向けのAR体験ができる日も設けられている。
岡崎公園のロームシアターではパーティーが行われ、京都国立近代美術館では京都を拠点にオーディオとヴィジュアルのパフォーマンスを提供する「N‘SO KYOTO」の映像インスタレーションが上映。アーティストトークとパフォーマンスも行われた。
フランス出身の音楽家ヤニック・パジェが宇宙の起源に思いを馳せ、物理学の理論を基に完成させた《Consciousness 弦理論交響曲》。本インスタレーションでは、5部からなる交響曲の「第3楽章:二重共鳴」を採用。アレクサンドル・モベール(2012年度ヴィラ九条山レジデント)が制作した映像とのコラボレーションで、脳感覚を揺さぶる神秘的な体験へと誘う。この音楽プロジェクトは、京都大学の物理学者・橋本幸士との緻密な協働によって実を結んだもの。パフォーマンスの続きとして、「第4楽章:場の特異性」が10月14日から16日まで両足院にて開催されたほか、「第5楽章:基本相互作用」は12月17〜18日にみやこめっせで上演される。
京都国立近代美術館の向かいに位置する京都市京セラ美術館前には、丸太で組み上げられた橋がかかりライトアップされた。パリを拠点に活動するアーティスト・川俣正による橋のプロジェクトとして、ニュイ・ブランシュ KYOTOで継続的に企画展示されているものだ。川俣本人に話を聞いた。
今回の展示は、「ニュイ・ブランシュKYOTO2020」で制作した鴨川の橋の模型をもとに制作された原寸大スケールのもの。昨年のニュイ・ブランシュKYOTOでも「松栄堂 薫習館」の前で橋の模型が展示された。京都で場所を変えながら、出現する橋に人々は何を思うのだろう。川俣はこのプロジェクトの集大成として、鴨川に「つながらない橋」を期間的に架けることを計画している。そこには、鴨川の対岸からせりだしてくるような、京都では馴染みのある川床のイメージも含まれている。川俣は、橋について「たんに利便性があるというだけでなく、交流やつながり、いろんな要素を含むメタフォニカルなもの」と説明する。
「こういうプロジェクトは、実現することに意味があると思っています。本当に一時的でもいい。京都の鴨川に橋が架かるというのが僕にとって重要で、あとは住民の人たちがそこから何を感じ、受け入れるのか。日仏の交流の未来を考えるうえでも、ニュイ・ブランシュと関わりながら展開していきたいと考えています」。
美術館前に設置された橋は、イベント終了後に撤去されたが、目にした人の記憶には残ったことだろう。日仏の文化交流の豊かさを改めて印象づけた「ニュイ・ブランシュKYOTO」とともに、今後の展開を追い続けたい。