柔らかい光をはらんだ淡い色調を特徴とし、生命の輝きをとらえ続ける写真家・川内倫子。その個展「川内倫子 M/E 球体の上 無限の連なり」が東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。川内の国内における大規模個展は約6年ぶりとなる。会期は12月18日まで。
川内は1972年生まれ。日本を代表する写真家のひとりであり、2002年には作品集『うたたね』『花火』の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。16年には個展「川が私を受け入れてくれた」を熊本市現代美術館で実施している。
熊本以来6年ぶりの大規模展となる本展では、川内の過去10年の活動に焦点を当てるとともに、展覧会タイトルにもなっている新作シリーズ「M/E」を展示。10シリーズで構成された会場デザインは、写真のみならず映像作品や、2018年に出版した写真絵本の朗読をサウンドとして取り入れながら、展覧会をひとつの体験として提示することを試みている。
2011〜12年、川内はアーティスト・イン・レジデンス 「The Lapis Press」でサンフランシスコやロサンゼルスに滞在していた。その際に制作されたシリーズ作品「4%」が最初の展示室に並ぶ。作品には、球体や水平線など、宇宙を連想させる被写体が多く登場。人工物と自然物、マクロとミクロの関係性が、のちの「M/E」シリーズに影響を与えることとなった。
壁を撮影した1点のモノクローム写真が空間の奥に展示されている「One Surface」シリーズ。この抽象絵画のような作品の前には、同じものが転写された布が揺らめいており、互いがそのイメージを曖昧なものとしている。展示室内では、川内が18年に出版した写真絵本『はじまりのひ』を朗読する声が聞こえ、「生」についての穏やかな時間がそこには流れている。
細長く奥行きのある空間では、川内の写真を象徴する正方形のシリーズ作品「An interlinking」を紹介。過去20年以上にわたって撮影されたアーカイブのなかから、未発表作も展示されている。この作品群には等身大の日常にあるイメージや小さな命の姿が中心にとらえられており、コロナ禍において自宅周辺で撮影された作品も含まれている。
今回の個展では映像作品も数多く展示されている。「Illuminance」は、展示されるたびに新しく映像が追加されるというコンセプトの作品で、川内の活動の軌跡でもあり、永遠に未完であり続ける作品でもある。写真集の見開きのように2つの映像が並べられ、再生タイミングをずらしながら展示。鑑賞者が見るたびに新たな見開きを目の当たりにすることができる、写真集にはない鑑賞体験が提示される。
2011年に川内は、海外写真家の通訳として東日本大震災の被災地でもある石巻、女川、気仙沼、陸前高田を訪れ、白と黒の鳩のつがいに出会った。当初被災地をテーマとした作品を制作つもりはなかった川内だが、そのつがいと出会いが「光と影」シリーズを生むきっかけとなった。圧倒的な破壊の爪痕が残る被災地と、「生と死」という相反するものが同時に存在する世界を象徴したかのような鳩のつがいを目にした川内。その印象的な作品からは、人間が未来永劫対峙する生と死の営みへのやりきれなさと、それでも生きようとするかすかな希望が感じられる。
川内が暮らす千葉の家の、裏手を流れる川の映像がこの展示室の床に投影されている。川のせせらぎや水面の波紋、木もれ陽は、展示室にも関わらず、まるで晴れた日に川の浅瀬で立っているかのような、穏やかな感覚を鑑賞者にもたらしてくれる。
「あめつち」は、熊本県阿蘇で古くから行われてきた野焼きを撮影したシリーズ。初めて阿蘇の大地に立った川内は「自分が惑星の上に立っている」という感覚を抱いたという。広大な土地が火に覆われていくそのすがたには迫力があり、宮崎県の銀鏡神楽(しろみかぐら)や、イスラエルの嘆きの壁の写真が含まれるこのシリーズは、自然への畏怖と人間の「捧げる」行為に焦点を当てている。
新作シリーズの「M/E」とは、「Mother(母)」と「Earth(地球)」の頭文字であり、「Mother Earth(母なる大地)」の意味を持ちながら「Me(私)」を指し示す言葉でもある。これらは、川内が19年にアイスランドで撮影した氷河や滝、火山が始まりとなったシリーズで、その後コロナ禍に撮影した身近な風景や北海道の雪景色、宇宙を想起させる月食や月の石の作品が追加された。このミクロとマクロの独特な視点が、川内の構成によってひとつのテーマとしてのつながりを帯び始めるのも見どころだろう。
また、展示室中央のオーガンジー素材で作られた空間も、川内作品によくみられる柔らかな光を表現しているかのようである。
「やまなみ」は、滋賀県甲賀市にある障がい者多機能型事業所「やまなみ工房」を約3年にわたって撮影したシリーズ。この工房では障がいを持った人々による創作活動に力を入れており、その姿が生き生きと写し出されている。川内は利用者たちのすがたを撮影するにあたって、自然に対峙するときと同様の畏敬を感じていたという。
会場入り口のすぐ横に、小さな映像が映し出されていたのに気がついた。17年に制作された「Halo」は、宇宙的な感覚をテーマに撮影された作品。鉄を叩きつけて火花を起こす中国の祭りの一部を切り取ったこの映像は、小さな人が同じ動作を繰り返すという点をフォーカスしている。
本展は、10のシリーズから川内作品の10年を振り返るもの。その視点は多様であるが、日常における美しさや儚さ、壮大なものに対する畏敬と穏やかな感情、それらがすべて同じ地球上に存在しているという考えをこれらの作品は鑑賞者に与えてくれる。