奈良県南部・東部に位置する奥大和を舞台に、4〜5時間かけて山道を歩き、アート作品を通して雄大な自然を体験する芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」が始まったのは2020年のこと。パノラマティクス(当時はライゾマティクス・アーキテクチャー)を主宰する齋藤精一がプロデューサーを務め、コロナ禍で打撃を受けていた奥大和の観光に一石を投じるべく企画し、今年で3回目を迎える。
曽爾村のコースは曽爾村役場から始まる。全長約10.3km、所要時間は5時間ほど。役場駐車場の壁面で最初に目にする作品が、永沼敦子《曽爾ナジー》だ。作品構想のために訪れた曽爾村で、土地と人の明るさ、力のようなものを感じ、「曽爾村」と「エナジー」と組み合わせた造語を考案。奥大和に2週間滞在して曽爾村に通い、村人たちと語り合い、踊り、音を奏で、生活を見せてもらいながら撮影を行い、村のエネルギーを写真に表現した。
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鑑賞ルートは役場の向かいに位置する「そにのわの台所katte」に続く。蕗の佃煮や桑の実ジュースの製造が行われた農産物加工所をリノベーションし、商品製造を行えるシェアキッチンや曽爾村産の食材が並ぶショップを併設したこの建物が芸術祭の案内所となっており、作品も展示されている(営業時間10:00〜17:00)。
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役場前の道を東北方向に進むと、10分ほどで門僕神社が見えてくる。その麓に展示された三瓶祐治の作品《クシティ・ガルバ》は、トレイル中に点在する切り株をサンスクリット語で「大地の母胎」を語源とする地蔵菩薩に見立てて制作された。無数の樹木の様子に「千仏思想に通じる何かを感じた」という三瓶によるこの作品は、トレイル中の複数箇所に設置されており、無数の地蔵菩薩を数えながら森の樹々への思いが深まっていく。
そしてすぐ裏手には岩谷雪子《私に気づいて》、少し坂を上ると長岡綾子《Mirrors for Weeds》が展示されており、いずれも山の木や草から発想が生まれた作品だということがわかる。岩谷と長岡の作品もトレイル中の複数箇所で展開しており、場所ごとに異なる姿を見せる。作家たちを自然がインスパイアし、新たな発想が生まれており、展示のスタート地点からトレイル全体への期待が高まる。
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トレイルを歩きながら、随所で足元に設置されたMIND TRAILの矢印を追いかける。舗装された道から脇に入り、ススキの草原に向かうと、前田エマが曽爾村の住民が実際に使用していた家具や食器を使って制作した《窓》が設置されている。窓や鏡などを通して曽爾村を再発見するこの作品。曽爾村の自然に住民たちの生活史が溶け込んだような幻想的な展示風景が広がる。
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上り坂が続く。曽爾村健民運動場にたどり着くと、3作品と出会う。フェンスに展示されているのは、尾柳佳枝《外に囲まれている絵》。「成長したり変化していく植物・風・天気に囲まれて歩きながら、景色と一緒に絵を見てみたり、切り取り方を楽しんだり」という意図で、運動場に始まり、川沿いや屏風岩公苑など様々な場所に展示されている。
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すぐ隣には、芸術祭の総合プロデューサーである齋藤精一の《JIKU #015 SONI》。第1回から展示されているこの作品は、17時から22時まで点灯する照明作品だ。地域固有の軸となる歴史や事象、伝説などを光線で可視化させる「JIKU」シリーズを各地で手掛けてきた齋藤は、吉野町、天川村、曽爾村の3会場から、役行者が修験道を開いたとされる根本道場である大峯山を投射する作品を設計した。
運動場のベンチの屋根には、岩谷雪子《私に気づいて》がひっそりと展示されている。運動場で見つけた植物を紡ぎあげ、玉入れや綱引きなどを地区対抗で行う村民体育大会が開催されていた村の記憶を蘇らせる。
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しばらく舗装された山道を歩く。「長走りの滝」を横目にしばらく進むと、コースは山道に入っていく。川が流れ、水量が多いために少しの高低差で滝になっている箇所も多く、奥大和の水の豊かさが感じられる。山道に入り、最初に出会う作品が長岡綾子《Mirrors for Weeds》。さらに歩みを進めると、尾柳佳枝《外に囲まれている絵》も川の上に見えてくる。どちらもコースの序盤で一度出会った作品だが、周囲の光や植物など、背景が変わると当然ながら作品の表情も変化する。
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川沿いを歩き、少し視界が開けた場所にたどり着くと、小松原智史による《コマノエ》が設置。自然の中にあるかたちや、あったかもしれないかたちを借りて立体的に描いたドローイング作品だ。植物的であり、空気や水の流れのようでもあり、空間から感じ取ったものを視覚化するまでのプロセスを想像しながら先に進む。かつて寺があり、修験者が行水をして身を浄め、水煙大不動明王の霊を仰いだと言われる「済浄坊の滝」がほど近い。
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しばらく山道を歩き、次に出会う作品が西岡潔《存在Xここと向こう側を意識する為の装置》。植物で覆われた動物の半身のような存在が森の中に佇んでいる。そこに鑑賞者が上がり込み、「顔ハメ看板」の要領で向かい側の鏡を見ると、自分が動物と一体化して森の中に存在する様子が目に入ってくる。森の中でケンタウロスになった自分。森にひとり、シュールな体験に笑いが込み上げてくる。
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曽爾村のハイライトのひとつが屏風岩公苑。兜岳の西側、標高940メートルの位置に、幅2キロにわたって垂直に屹立する屏風岩を見上げる場所に、複数の作品が展示されている。
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CALMA by RYO OKAMOTOによる《STICKER TUNE》は、所有物にステッカーを貼ることで個性やオリジナリティを出す「ステッカーチューン」という行為から着想。自然環境を都合よく破壊してしまった現代人に対し、実際には手付かずの自然などほとんど存在しないことに気づかせ、自分たちもそうした自然との関係者であるという意識を思い出させる作品だ。
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北浦和也の《TOKI DOKI》のモチーフは、「いま」を表す熊のぬいぐるみと「昔」を表す縄文土器。縄文時代から存在する曽爾の象徴「屏風岩」を見上げるように、まっすぐ伸びる樹々にインスパイアされた北浦は、積み重ねてきた「昔=縄文土器」を守るように「いま=熊のぬいぐるみ」が支え、過去と現在が共存する様子をかたちにした。
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屏風岩公苑からは下りが続く。尾柳佳枝《外に囲まれている絵》、岩谷雪子《私に気づいて》、三瓶祐治《クシティ・ガルバ》が何点かずつコース沿いに設置されており、山道から集落を抜け、ゴールに近づいたところで村田美沙《水脈のピース》と出会う。奥大和の3つの地域をつなぐ水脈に着目し、水の流れを追いながら地域を横断した村田。来場者が作品を見て、手で触れることによって、水を手がかりとする旅路を共有できるかもしれない。そう考え、会期中も水をテーマに人々と対話しながら歩きフィールドワークを行い、その様子を動画に記録する予定だという。《水脈のピース》は、プロジェクトが進行中であることを示すモニュメントのような存在だともいえるのかもしれない。
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総合プロデューサーの齋藤精一が目指したのは、ただアートを求めてスタンプラリーのように回るのではなく、山道を歩き、自然を体験することとアート体験とが一体となった芸術祭である。山を歩くことで身体が疲れ、脳で余計なことを考えることなくアートも自然の要素も心と身体に入ってくる。秋の奥大和を目指し、この芸術祭ならではの体験を堪能してほしい。
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