カタールと日本の外交関係樹立50周年を記念し、カタールのアーティスト、ヨセフ・アハマドと日本人アーティスト・西垣肇也樹が今年3月に行った共同制作に焦点を当てる展覧会「紙の対話」が、3331アーツ千代田で開幕した。会期は6月26日まで。
ヨセフ・アハマドはカタール人のアーティストのなかでも、もっとも早く海外で学んだ世代であり、同国の著名な現代美術家のひとりだ。1970年代に活動をはじめ、80年代には紙について深い関心を抱くようになる。以降、世界の様々な場所で制作された紙で実験を繰り返しており、90年代にはヤシの木から紙を制作。以降、この紙を使用したドローイングを継続的に続けている。
いっぽうの西垣肇也樹は2012年に京都造形芸術大学を卒業後、紙と筆を使った作品づくりを続けてきた。とくに「ゴジラ」をモチーフとしながら、紙の材質や墨の種類などへの探求を通して作品制作を行っている。
ともに紙を媒体とするアーティストであるが、今年3月18日から31日にかけて、西垣がアハマドのカタール・ドーハの工房に滞在し、共同で作品制作を行った。本展は、この滞在時に制作された作品群を、共同作業の様子や工程とともに紹介するものだ。
本展において重要となるふたつの素材が「ヤシ」と「コウゾ」だ。ヤシはカタールにおいて人々の生活のすぐそばにある植物であり、恵みの木として愛されてきた。アハマドはこのヤシの葉を手作業で漉くことで、和紙をつくりあげてきた。
いっぽうのコウゾは、日本の和紙づくりに欠かせない原料として、古くから使用されてきた素材。西垣にとっても慣れ親しんだ素材であり、また日本の紙文化を象徴するものでもある。
今回のプロジェクトでは、紙を扱いさらにドローイングにも親和性がある日本人アーティストとして、西垣が選ばれたという。アハマドと西垣は言語も文化も異なり、さらに年齢も離れているが、アハマドはふたりの関係について次のように語る。「ふたりとも同じように紙とドローイングという手法を扱ってきた経験があったので、言葉はなくでもコミュニケーションは円滑だった。制作をスムーズにすすめることができた」。
各作品にあしらわれたドローイングにも注目したい。カタールをはじめとするアラビア語圏では、カリグラフィーの文化が古くから醸成されてきた。いっぽうの日本にも、書道という伝統的な筆文化がある。ふたりが共同制作をした作品には、それぞれが自らの言語で書いた文字が重なるようにドローイングされており、両国の歴史に共通する文化を作品に定着させている。
会場ではほかにも、アハマドが日本の国旗をモチーフに描いた作品や、西垣がふたりの共同作業の様子やドーハの街中の情景を水墨画で描いた作品、アラビア文字と日本文字の連結を試みた作品など、ふたりの紙と文字の思索が垣間見える作品が並ぶ。
今回の共同制作で得られたものを、西垣は次のように語る。「和紙は職人がつくってきたものなので、製品として長く使える同じクオリティのものをつくることが求められる。しかし今回の共同制作では、もっとクリエイティブに、和紙をつくるという行為を構造的に考えることができた。アーティストがつくる作品は、季節や気温、体調によってもまったく現れ方が違う。紙をつくるという行為にもそうしたクリエイティブなゆらぎがあってもいいと気づかされた」。
また、アハマドは今回の経験についてこう語った。「ともにアートをつくる体験は人同士の関係を強くする。まさにアートの役割だ。ボーダーもなく、文化をぶつけ合うことができた。言葉も年齢もなく、強いユニットとして活動でき、芸術がもっている『ランゲージ・オブ・アート』の存在を強く感じられた」。
アハマドはカタールでは視覚的な芸術に対する興味が高まっているとも語った。展覧会も多く開催され、美術館の新設も続くなど、現代美術での文化立国を目指しているという。こうしたカタールの状況の一端を知るうえでも、訪れる価値のある展覧会といえるのではないだろうか。