第10回を迎える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」がスタートした。今回のテーマは「ONE」。「一即(すなわち)十」という言葉がある。一が単一性を、十は無限の数をあらわし、ひとつのもの(個)がそのものとして、他のすべて(全体)を自らに含みながら他と縁起の関係にある。個々の存在をCelebrate(祝祭)するとともに、その多様性について讃えたい。そんな思いが込められている。
まず「ギイ・ブルダン|The Absurd and The Sublime」展の会場である京都府京都文化博物館別館を訪れた。銀座のシャネル・ネクサス・ホールで行なわれた展示が、セノグラフィを変えて公開されている。キュレーションを担うシャネル・ネクサス・ホールのアーティスティック・アドバイザー、インディア・ダルガルカーはこう語る。
「ギイ・ブルダンのアーカイブを見ると、いわゆるファッションの世界だけではなく、まるで映画を見ているような感覚になります。実際にブルダン自身が、ヒッチコック作品に見る事件性がありながら滑稽さもはらんでいるようなプロットに影響を受けていて、そういうイメージをここで再現できないかと考えたのです」。
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初期のモノクロ作品に始まり、展示壁のすき間からは次の展開を覗き見るように先が垣間見える。そこに描写されるのがどこか事件性を想起させるイメージで、まさに映画の絵コンテを追うように楽しめる展示だ。
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次に向かったのは、京都西陣で元禄元年(1688)に創業した西陣織の老舗、細尾のフラッグシップストア内のHOSOO GALLERY(2階)、Hall(5階)で開催されている「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」展。KYOTOGRAPHIE共同ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介が、インディペンデントキュレーターのポリーヌ・ベルマールと共同でキュレーションを担い、将来的にさらなる活躍が期待される10人の日本人女性写真家を選出。それぞれの作家の独自の視点や考察を紹介するために、10名の個展が集結したような展示になった。
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2階のHOSOO GALLERYは黒、5階は白で演出されており、闇から光へと向かうような動線で展示を追う。なおこの企画は、アートとカルチャーの分野で活躍する女性に光を当てることを目的に、ケリングが2015年に立ち上げた「ウーマン・イン・モーション」というプラットフォームが支援しており、先進国でもワーストにランクされる日本のジェンダーギャップの大きさについても考えさせる企画になっている。
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祇園の両足院(建仁寺山内)に今回展示されたのは、奈良原一高による「ジャパネスク〈禅〉」のシリーズだ。1956年に長崎県の軍艦島などを撮影した初個展「人間の土地」で鮮烈なデビューを飾り、東松照明や細江英公らと組んだセルフエージェンシーVIVOのメンバーとしても活躍。海外にも活動の場を広げた奈良原が、1962年から65年のヨーロッパ滞在から帰国し69年に『カメラ毎日』で連載したのが、「ジャパネスク」のシリーズだ。
セノグラフィを手がけたのは、ギイ・ブルダンの展示をデザインしたおおうちおさむ(ナノナノグラフィックス)。「ロの字」状に開口した柱に作品が架けられ、庭の光が内側に貼られた8種類の和紙を照らし発光体のようになる。またその開口部からは庭が見え、奈良原の作品と両足院という禅寺の空間の関係を鑑賞者それぞれがデザインしながら味わえる仕組みだ。
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京都市美術館別館に向かうと、そこにはアーヴィング・ペンのヴィンテージプリント80点が集結。精細なモノクロ作品のプリントは息を飲む美しさだ。ファッション誌の仕事として世界各地の民族や職業人のポートレートを、自ら各地でセットを組み立てながら撮影。ファッション誌のヴィジュアル概念を変えた功績に加え、背景布のトーンが統一されることで個性が浮かび上がる視覚効果にも気付かされる。
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晩年には、ニューヨークのスタジオに向かう路上で拾った吸い殻なども被写体とし、美とは何を意味するのかと問いかけるような静物写真を手がけた。カメラによって美と向き合い続けた写真家だったのだ。
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琵琶湖疏水記念館と蹴上インクラインでは、フォトジャーナリストのサミュエル・ボレンドルフの作品が展示されている。アニエス・ベーにより設立された海洋問題に特化したタラ オセアン財団が、海洋探査に利用するタラ号に2019年に乗船したボレンドルフは、世界中の海を巡り、マイクロプラスチックが存在しない海がないことを知り愕然としたという。
「私が撮影した海は、一見したところ汚染とは無縁の美しい自然の景色ですが、そこには年間で800万トンもの、毎分にするとダンプカー1台分になるプラスチックゴミが海に投棄されているのです。それらは微細な粒子となって海を覆い、世界のどこを探してもマイクロプラスチックが存在しない海はないのです」。
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西陣織で知られるHOSOO GALLERYで開催されている「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」の参加作家・殿村任香のもうひとつの展示が、アソシエイテッドプログラム「SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022」として祇園のSferaで展開している。がんと闘い向き合う女性を称えるべくポートレートを撮影し、SNSで公開するプロジェクト「SHINING WOMAN #cancerbeauty」を続けている。そこには、がんと闘い生きることを選択した女性の美しさを称えたい思いと、乳房や頭髪を失うなど、がんによって“女性のシンボル”を失った女性への偏見や差別への抗議とが込められている。
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祇園のSferaからほど近く、ASPHODELの壁面を覆うのは、ガーナ出身のプリンス・ジャスィの作品。個展「いろのまこと」が開催中のジャスィは、高校時代にスマートフォンで写真を撮り始め、編集や加工などの工程をスマートフォンでも行い鮮やかな作品を制作している。そこには、若さゆえのしなやかな創造性と、アートのエリート主義へのアンチテーゼを読み取ることができる。
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やはり祇園エリア。y gionで展示を行なうのは鷹巣由佳だ。シャンパーニュメゾンのルイナールが「KYOTOGRAPHIE 2021」のポートフォリオレビュー受賞者を対象に「Ruinart Japan Award」を創設し、鷹巣はその受賞者となった。昨秋にルイナールのアート・レジデンシー・プログラムに参加した作品が発表された。
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世界報道写真展も濃い内容だ。タイトルは「『民衆の力』─1957年から現在までの抗議行動のドキュメント」。世界報道写真財団は1955年に発足し、世界各国で起こっている現実を伝える活動に従事する。発足以来、前年に撮影された写真を対象に「世界報道写真コンテスト」が実施され、選ばれた作品から「プロテスト」をテーマとする作品をセレクトしたのが今回の展示だ。
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烏丸方面を目指すと、趣ある八竹庵(旧川崎家住宅)が「KYOTOGRAPHIE Information Machiya」として総合案内所になっており、いくつかの展示と関連書籍なども楽しめる。そして、毎年開催される公募プログラム「KG+」より10名を選出した「KG+ SELECT」会場も近い。
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そして、KYOTOGRAPHIE誕生に大きく関わる誉田屋源兵衛に向かう。共同ディレクターのルシール・レイボーズと仲西祐介は、この場所で初めて誉田屋の着物を着て踊る田中泯のパフォーマンスを見て、京都であれば様々な文化的領域が化学反応を起こし、新たな表現が生まれるのではないかと考え「京都で国際写真祭を」という発想が生まれたのだという。
その誉田屋源兵衛では、2017年にも展示を行なったイサベル・ムニョスが、田中泯と誉田屋10代目の山口源兵衛を撮影した作品が、奥座敷と黒蔵に展示されている。山口が手で絹の泥染を行なう奄美大島の工房の話を聞き、ムニョスは興味を引かれた。土の黒、プラチナプリントの黒。そこから発想は展開し、泥田に入り土地と一体化した山口源兵衛と、山口源兵衛作の着物を身に着け海中を踊る田中泯の撮影が実現した。
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今回の取材で最後に訪れたのが、マイムーナ・ゲレージ「Rûh|Spirito」だ。イタリア系セネガル人アーティストで、厳格なクリスチャンの家庭に生まれながら、セネガルに移住して出会ったイスラム教に感銘を受け、イスラム教に改宗したゲレージ。人は魂が入る器だと考える彼女は、「霊」「魂」を意味するアラビア語とイタリア語の単語を展示タイトルにし、その入口となるドアのモチーフを衣装に用いるなどし、二重のアイデンティティを示唆する演出もしながら画面をつくりだした。鮮やかなアフリカの色彩が、ゲレージの神聖な世界観を視覚化する。
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10周年を迎え、日本で最大規模を誇る国際レベルの写真フェスティバルを京都で継続して開催してきたことが評価され、京都市からは京都市文化芸術有功賞が授与された。毎年異なる写真表現を紹介し、その魅力を伝えるKYOTOGRAPHIEの今後にもさらなる期待をさせる内容が今年も展開している。
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