写真のみならず、建築や舞台演出など幅広い活躍を見せる現代美術家・杉本博司。その初となる襖絵が京都・祇園にある建仁寺の塔頭・両足院にて披露された。特別展「杉本博司:日々是荒日」として11月1日より一般公開される(〜11月14日)。
襖絵「放電場」は、杉本の代表的な写真シリーズのひとつである「放電場(Lightning Fields)」を襖絵に応用したもの。同シリーズは写真乾板の上に人工的な雷を起こし、その稲妻を可視化させた作品。杉本が構成と演出を手がけ、野村万作、萬斎、裕基の野村家三代が出演した三番叟(さんばそう)と狂言による『神秘域』でも装束や舞台美術に用いられた。
完成した襖絵は全部で8枚。杉本と両足院副住職の伊藤東凌との長年の対話によって生まれたものだ。
作品は各襖ごとに1枚の和紙にピグメント・プリントされており、繊細な電流が見事に表現された。杉本は初めて手がけたこの襖絵について、「いつかは(「放電場」を)障壁画にしたいと思っていた」「思ったより上手くできた」と振り返る。
そもそも日本の寺院は伝統的に多くの絵師たちの作品発表の場となってきた歴史があり、両足院がある建仁寺には俵屋宗達が国宝《風神雷神図屏風》を残している(現在は京都国立博物館に寄託)。襖絵「放電場」はこの宗達の《風神雷神図屏風》への「対抗意識」から生まれたもので、杉本は「勝てないけれども負けたくはないなと思った(笑)」と冗談めかして語る。
この襖絵は「放電場」だけではなく、もう片面にも杉本ならではの工夫が凝らされている。版木の木目を活かしたことで大雨が降っているかのような風景が生み出されており、特注の引手が時折り降る「大粒の雨」としてアクセントを添える。襖の端にしたためられた杉本の一首も見逃さないようにしたい。
また杉本は今回、襖絵とともにふたつの掛軸、「日々是口実」と「日々是荒日」も制作した。ともに禅語の「日々是好日」をもじったものだが、とくに本展タイトルにもなった後者には、杉本が抱く「資本主義の限界から来る終末感」が強く反映されている。コロナ禍によって揺れ動く世界をも示唆するようだ。
伊藤副住職は杉本の掛軸について、「禅の世界では『日々是好日』とするが、コロナ禍のような世界ではいつでも心を備えておかなくてはならない。その意味ではハッとさせられた」と評価する。
近年、美術家が襖絵を手がける事例はいくつか見られるが、現代美術作家による襖絵は希なケースだと言える。伊藤副住職は「かつてお寺は長谷川等伯や伊藤若冲など、当時の『現代美術』を取り入れてきた」としつつ、「お寺は古い作品を残すだけでなく、表現を現代へ引き継ぎ、挑戦しないと未来の文化資産を生み出せない。こういう襖絵を見たら新たなインスピレーションを得る表現者がいるのではないか」と今回の取り組みの意義を語った。
これ以上ないほど両足院大書院とマッチした杉本の襖絵と掛軸。ぜひこの空間に身を置いて、作品と向き合ってみてほしい。