東京・新宿の東京オペラシティ アートギャラリーで「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」が開幕した。同館のコレクションをイギリスの現代美術家、ライアン・ガンダーがキュレーション、独自のコンセプトを立てながら展示する展覧会だ。会期は6月20日まで。
同展の開催には紆余曲折があった。東京オペラシティ アートギャラリーでは今年4月からガンダーの展覧会「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」を開催する予定だった。しかしながら昨年末にガンダーの住むイギリスでは、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう大規模なロックダウンが発生。ガンダーもスタジオに行くことができなくなり、制作が休止に。日本への作品輸送も予定通りの進行が難しくなり、年明けには展覧会の延期が決まった。
こうしたなかガンダーは、本来は展覧会と同時開催する予定だったガンダーがキュレーションする収蔵作品展を、全館で開催することを提案。開催まで時間が少ないなか、作家とキュレーターとで集中的に話し合い、今回の開催を実現させたという。
本展を担当した同館キュレーターの野村しのぶは、企画にあたり次のように考えたと語る。「当館のコレクションの軸をつくった寺田小太郎とガンダーが『日常、見過ごしてしまうものに切り込み、新しい驚きを与えて、ユーモアを交えて想像を喚起させる』といった点で重なる視点を持っていると考えました」。
東京オペラシティ近辺の地主であり共同事業者でもあった寺田は、オペラシティ アートギャラリーができることを機にコレクションを形成。自らの目で作品を選び、見る者に問いかけてくる作品を収集し、約4000点のプライベート・コレクションをつくりあげた。野村はこうした寺田の姿勢とガンダーの制作への姿勢に、アウトプットこそ違えど重なるものがを見出したという。
展示は大きくふたつにわかれており、4階の展示室では「色を想像する」、3階の展示室では「ストーリーはいつも不完全……」という、それぞれ異なる方法での展示が行われている。
4階の「色を想像する」では、所蔵品のなかから白と黒のモノトーンの作品のみが展示された。壁一面に敷き詰めるように作品が掛けられ、反対側の壁には各作品の情報が対になるように実寸で掲示されるという、独特の展示方法だ。
このモノトーンのコレクションには、寺田の思想が現れている。寺田はかつて、映画がモノクロからカラーに移り変わっていったとき、モノクロの方が「色を想像する」気持ちがかき立てられたと惜しんだ。寺田がモノトーンの作品を集めた理由も、この「色を想像する」という視点からで、ガンダーもその視点を反映してキュレーションを行った。
この空間では「もの派」に影響を与えた齋藤義重や「もの派」の李禹煥、日本の抽象画の先駆的存在である山口長男、「具体美術協会」の吉原治良や白髪一雄、韓国抽象画の鄭相和や李仁鉉、ほかにもジョアン・ミロ、ピエール・スーラージュ、サム・フランシス、ザオ・ウーキーといった、現代美術史において極めて重要な作家の作品が並んでいる。作品をあえて密着させて並べることで、時代も派閥も異なる作品にも思わぬ共通項を見出せそうだ。
3階の「ストーリーはいつも不完全……」は、さらに特殊な展示が行われている。その方法とは、作品をすべて薄暗い空間のなかに展示し、観客はライトを手に持ちながら自らが作品を照らし観覧するというものだ。
この斬新な展示方法について、野村はガンダーの意図を次のように語った。「普段、絵を見るときは、見ていることすら忘れていることが多いが、照らすという行為を通じて人は見ることに自覚的になる。明るい照明のもとでの展示だけでは、見逃してしまうものはじつは多い。暗がりで展示したいとガンダーが言ったとき、出品作家の気持ちに配慮できているのか、リスペクトに欠けているのではないか、とも考えた。しかし、ガンダーは自分の手で照らしながら作品を見ることは、作品と親密な関係をつくることでもあり、作品への礼儀でもあると考えている。見づらいという批判を覚悟し、ガンダーの思いをもとにこうした展示方法を選択した」。
この「ストーリーはいつも不完全……」は5つの章にわかれ、それぞれ「THE SEARCH 探索」「THE GAZE 注視」「PERSPECTIVE 視点」「PANORAMA パノラマ」「A VISION ヴィジョン」と名づけられている。観客は灯りを手に「なぜこの名前の部屋にこの作品があるのか」と問いかけながら、展示室を歩むことになる。
最初の「THE SEARCH 探索」の部屋の冒頭では小山穂太郎の写真作品《Cavern》(2005)が展示され、これから洞窟のなかに歩みを進めるような「探索」が暗示されているようにも感じられる。
この部屋には村上友晴や難波田龍起、斎藤義重、榎倉康二、ミズ・テツオ、相笠昌義、加藤清美と、抽象や具象の別け隔てなく絵画が展示され、また林秀行の陶製の立体作品なども配置されている。それらを光で照らして見ることで、画材や素材の質感、作品そのものが持つ光沢など、新たな発見をすることができるだろう。
続く「THE GAZE 注視」「PERSPECTIVE 視点」でも、60年代から近年にいたるまでの多様な作品が展示される。ここでは、伊庭靖子の皿やトイレットペーパー、向山裕の魚型の醤油差し、寺田真由美の室内風景の写真といった日常の具象をモチーフとした作品に注目してはいかがだろうか。灯りで照らすという行為を経ることで、描かれている日常的なモチーフの、非日常的な側面が見つかるかもしれない。
また、松谷武判の抽象作品の絵具のテクスチャの質感や、岩尾恵都子の描く緑色の複雑な重なり、斎藤義重の作品が持つ光沢など、通常の展示方法では気がつかなかった作品の姿が見えてくる。
4つ目の章となる「PANORAMA パノラマ」では比較的大型の作品が展示される。一度にライトで照らせる範囲には限界があるため、大型作品の全体に光を当てながら観覧することは難しい。結果的に部分をスポットライトを当てるように見ていくことになる。並木功や大野俊明の屏風絵や李禹煥の大型絵画などの全体像を、細部からとらえるという稀有な体験ができる。これも、ガンダーの狙いなのかもしれない。
展示の最後は「A VISION ヴィジョン」という、多様な意味が見出だせるタイトルの章で幕を閉じる。この章の最後には加藤清美《明日の記憶》(1976)が展示されており、そこには窓か鏡のような平面から出てくる子供が描かれている。展示冒頭の小山穂太郎《Cavern》の洞窟と対になるかのうような本作。暗い展示室に入り、そして出てきた観客が何を受け取ったのかを問いかけるような、「物語」のラストとなっている。
ガンダー本人の来日が叶わないために、収蔵品のキュレーション展示という体裁になった本展。しかしながら、ガンダーの作家性が隅々まで行き渡り、観客に「どう見るか」を問いかけてくる展示となっている。従来の収蔵品展とは一線を画すこの挑戦を、ぜひ会場で目にしてほしい。