1961年より現在の「UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)」へとつながる日本初の野外彫刻展を開催しており、国内屈指の野外彫刻コレクションを持っている山口県宇部市。同ビエンナーレの舞台となるときわ公園内に、新たなメディア・アートフェスティバル「TOKIWA ファンタジア 2020」が誕生した。
第二次世界大戦後の高度経済成長期、炭鉱による石炭産業や化学工業を軸に工業都市として発展を続けた宇部市。産業の発展によりもたらされた環境問題を改善し、町のイメージを塗り替える市民運動を機に、野外彫刻に特化した展覧会が2年1度に開催されてきた。半世紀以上続く歴史のなか、市内には現在200点を超える野外彫刻が設置されており、アートの力によって大きな変貌を遂げた。
そんな宇部市のときわ遊園地では、メディア・アートで遊園地を彩る芸術祭「TOKIWA ファンタジア 2020」が2021年1月31日まで開催されている。キュレーションは大分県別府市を活動拠点とするアートNPO ・BEPPU PROJECTの代表理事・山出淳也が担当し、クワクボリョウタ、髙橋匡太、plaplax、三谷正、ミラーボーラーといった5組のアーティストが参加した。
ときわ遊園地では、これまで宇部市民によるイルミネーションを展示するイベント「TOKIWA ファンタジア」が開催されてきたが、今年は初めてアーティストを迎え、夜の遊園地をメディア・アートの展覧会に転換した。このきっかけについて、山出は次のように説明している。
「10年以上前、市民有志数名により始まった手づくりのイルミネーションイベントを、市民はもとより県外からもお客様をお迎えしたい、宇部市のプレゼンス向上により役立てたいと言うことから、今回お話をいただきました。私としては、市民や企業が出品するイルミネーションとも共存しつつ、アーティストの作品としても成立させうる関係性づくりを考慮しています。さらに、市民が今後イルミネーション作品をつくっていく上で参考や刺激になると嬉しいなとも思っています」。
遊園地の入り口付近では、メディア・アート・ユニット「plaplax」による《The Great EscApe》が展示。遊園地内の坂道、建物の天井面、学習施設ゾーンに設置された紗幕の3ヶ所に照らされたサーチライトのなか、遊園地に隣接するときわ動物園に生息しているシロテテナガザルをモチーフにしたサルのシルエットが枝から枝へと飛び移る様子が映されている。同ユニットのメンバー・近森基は、「この作品は、夜の遊園地でサルたちが楽しんでいる姿を描いたもの。また、これまでの『TOKIWA ファンタジア』のイルミネーションに照らし出された『影』の風景も描きたかった」という理由から、夜の遊園地にサーチライトを照らした。
遊園地の中心にある観覧車と、その向こう側にある「呪われた城」の表面には、ふたつの巨大な「顔」が出現。これまで東京、箱根、京都などの大規模な建築物でライティングプロジェクトを発表してきた髙橋匡太によるプロジェクションマッピング新作の《たてもののおしばい 観覧車と呪われた城》だ。
本作は、観覧車と「呪われた城」の建物に人格を持たせ、会話劇が繰り広げられるというもの。4話構成の会話劇は2週間ごとに1話ずつ上演されていくという。宇部市やときわ遊園地のエピソードが語られる本作は、町の歴史を知る貴重な機会となる。
また、同作の間には髙橋によるもうひとつの作品《カオハメ・ザ・ワールド in ときわ遊園地》が展示。アミューズメントパークなど全国で見かける顔ハメ看板をモチーフにした本作では、鑑賞者がパネルに顔を合わせると、その背後にあるくるくる回るぞうさんの乗り物の気球にその顔が映しだされる。髙橋は、「リアルなイベントがなかなか開催できないいま、記念写真のようなものを残していきたい」と期待を寄せる。
髙橋の作品の隣では、三谷正によるキューブ状の作品《UbeCube1.0》が大きな存在感を放つ。高さ9メートルにおよぶキューブ状の構築物を中心に、芝生広場全体にあらゆる方向から多彩な映像が次々と映しだされる。アーティストから見た宇部市の歴史を中心に構成した映像のなかには、炭鉱内の水や石炭、そして近代的なミュージアムなど、宇部市の過去と未来を表現したビジュアルが生成されている。
観覧車の後方では、ミラーボールを使って光と反射の空間作品をつくりだすアート集団・ミラーボーラーによるUFO状の巨大作品《Close Encounter 369》が輝く。山口県のカルスト台地・秋吉台では、UFO(未確認飛行物体)が度々目撃されているという。大量のミラーボールでできた無数の光や色を放つ本作について、ミラーボーラーは、「UFOを呼べたらいいなと思って、それを楽しみにしている」と冗談めかして語る。
遊園地内のカフェテリア前に登場したのは、クワクボリョウタが江戸時代に炭都・宇部で発明された「南蛮車」から着想を得て制作したインスタレーション《残像》。南蛮車とは、炭鉱の坑内から水や石炭を捲きあげるために使われた人力の捲き揚機。宇部市の歴史に着目した本作は、フランス人アーティストのレミ・ブランによって提供された技法を使って、光を動かすことで人の動きを表すというもの。クワクボは、「炭鉱の歴史にはすごく厳しい面もあるし、非常に華やかな富を得るというところもある。つまり光と影がある。僕は普段、影を使って作品をつくっているが、自分の作品のなかにこのような両義性をつねに持たせたい」と話す。
今回の展示作品はすべて、それぞれのアーティストが現地に滞在し、町の歴史を含めて様々な研究を重ねて制作したものだという。山出はこう話す。「遊園地という場所柄、子供や家族づれで楽しめることを意識しています。美術館で展示するような作品とエンターテイメントの振れ幅のなかで、作家と出品作品のコントロールを行っています。各作家には視察を踏まえて作品をつくってもらいましたが、より足元への視点が重要になったコロナ禍の現在、各作家もこの地域住民に向けてメッセージを発信することを大切にしようとしたのではないかと感じています」。
また、これらのメディア・アートの作品を通じて目指したものについて、山出はこう続けた。「当初計画した昨年とは違い、今年はコロナで自宅にいる時間が長く子供たちは委縮し、大人たちも少し先の未来を描く想像力がどんどん削がれていっていると感じています。そのようななか、アーティストによる無限の想像力によって、いつもの見慣れたこの遊園地が異世界に変わっていくことを目指しました。自分が住む場所でこんなことが起こり得るんだ、こんなに自由に考えてもいいんだという創造の原点とも言えるそんな衝動が、参加体験される皆さんの心のなかに生まれてくると素敵だなと思っています」。
これまで市民によるイルミネーションイベントとして親しまれてきた「TOKIWA ファンタジア」。メディア・アーティストの作品は同イベントにどのような新風を吹き込むのか、今後も注目したい。