横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の3館が持つ西洋美術コレクションから約120点を集め、20世紀の西洋美術の軌跡をたどる展覧会が横浜美術館で開幕した。会期は11月14日〜2021年2月28日。
本展では、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、ルネ・マグリット、ゲルハルト・リヒターらの作品約120点により、表現手法と概念の刷新が繰り返された20世紀の西洋美術の足跡をたどる。
本展は第1章「1900s──アートの地殻変動」、第2章「1930s──アートの磁場転換」、第3章「1960s──アートの多元化」の3部で構成され、さらに「Artist in Focus」と題して、要所で3館が共通してコレクションしている作家9名をピックアップ。同一作家の作風の幅や表現の変遷を、3館の収蔵作品を合わせることで見通すことができる。
第1章「1900──アートの地殻変動」では、1900年から1930年頃にかけての美術作品を展示する。フォーヴィスム、キュビスム、構成主義、ダダ、シュルレアリスムなど、様々な「イズム(主義)」がヨーロッパを中心に乱立したこの時代を、各主義の代表的な作家の作品とともに紹介する。
まず、第1章の冒頭では、3館がそれぞれ所蔵しているパブロ・ピカソの作品4点が「Artist in Focus」として展示される。ピカソの画業の初期を象徴する「青の時代」に制作された愛知県美術館所蔵の《青い肩かけの女》(1902)、キュビスムの後の新古典主義時代の作品である富山県美術館所蔵の《肘かけ椅子の女》(1923)、シュルレアリスムの影響が見られる横浜美術館所蔵の《肘かけ椅子で眠る女》(1927)、そして再びキュビスムの時代に遡るような富山県美術館所蔵の《座る女》(1960)だ。
3館のコレクションから集められた4点の肖像画を並べて展示することにより、目まぐるしく変わっていったピカソの作風を追うとともに、描かれた人物からうかがえる、各時代のピカソを取り巻く人間模様も知ることができる。
第1章の「Artist in Focus」でピックアップされている作家としては、パウル・クレーにも注目したい。5作品が並ぶが、そのうちの3点は1921年から23年の短期に集中して描かれた、油彩転写と呼ばれるクレー独自の技法によるもの。カーボン紙の要領で、下の紙に原画の線を転写するこの技法は、独特の硬質な線や絵具のむらなどが特徴的だ。線表現の可能性を探求し続けた、クレーの姿勢を強く感じることができる。
また、ダダイスムの画家であり彫刻家であるハンス(ジャン)・アルプの作品も各館より1点ずつ、3点が展示されるが、これはアルプの創作を支えた妻・ゾフィー・トイバーに光を当てる意図のもの。共同作業者としてアルプの創作に携わりながらも、その活動の全容はいまだ解明の途上にあるトイバー。20世紀美術における女性作家の取り上げられ方の不均衡を踏まえたうえで、その業績について考えたい。
ほかにも第1章では、ジョルジュ・ブラック、フェルナン・レジェ、フランシス・ピカビア、マルセル・デュシャン、アンリ・マティス、アメデオ・モディリアーニ、マルク・シャガール、ジョルジュ・ルオー、ヴァシリィ・カンディンスキー、クルト・シュヴィッタースといった、20世紀前半の西洋美術における「イズム」を語るうえでは外すことのできない作家たちの名品がそろう。
第2章の「1930s──アートの磁場転換」では、シュルレアリスムに焦点が当たる。1920年代にアンドレ・ブルトンにより定義されたシュルレアリスムは、時代だけを見れば第1章の範疇に入る。しかしながら本展では、30年代にピークを迎えながら、ナチス政権下では「退廃芸術」の烙印を押され、その影響でヨーロッパから逃れて渡米した作家たちが、アメリカで新たな美術の土壌を築いた一連の流れを重視。第二次世界大戦という節目で分断せずに、ひとつなぎの美術史の提示を志向した。
マックス・エルンストはこの章に込められた構成意図を象徴する作家と言える。鳥のカップルや神話の登場人物、不思議な生き物など、複数の作品をまたいだモチーフを描いたエルンスト。これらは、作家が意図して描くわけではなく、素材の凹凸や絵具の模様の偶然により発見されたものだ。展示された3点からは、こうしたエルンストの作風とともに、1920年代の作品から、ナチスの足音を逃れて渡米し、戦後に制作されたものまで、シュルレアリスムがたどった激動の歴史も感じることができる。
また、裸婦、蒸気機関車、古代建築を繰り返し描きながら、白昼夢のような世界をつくり出したポール・デルヴォーの作品も、3館それぞれが所蔵しているものを展示。とくに愛知県美術館の《こだま(街路の神秘)》(1943)と、富山県美術館の《夜の汽車》(1947)は、1948年にパリのルネ・ドルーアン画廊でともに展示されていた過去を持つ。当時は酷評されたという作品だが、時代を超越し現代において作品が並べられることで、21世紀における作家の評価を考えることができる。
そのほかジュアン・ミロやサルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、ジョージア・オキーフ、ジャクソン・ポロック、モーリス・ルイス、サム・フランシス、ルーチョ・フォンタナといった、今日の現代美術の基盤をつくった、そうそうたる作家の作品が並ぶ。
最後となる第3章「1960s──アートの多元化」は、芸術の新たな中心地となったニューヨークを取り巻く動向と、20世紀末にかけてのネオ・ダダやポップ・アート、ミニマル・アートなどの潮流を紹介しつつ、アートが多様化していった歴史を追いかけていく。
この章で外すことのできない作家が、アンディ・ウォーホルであろう。誰もが知る《マリリン》(1967)は富山県美術館所蔵のもので、日本の公立美術館が初めて購入したウォーホル作品だ。そこに並ぶのが、ドラァグ・クイーンやトランス女性たちを描いたシリーズのひとつである愛知県美術館所蔵の《レディース・アンド・ジェントルメン》(1975)や、インスタントカメラで著名人を撮影し制作した横浜美術館所蔵の《ムハメド・アリ》(1977)など。
Tシャツやグッズにプリントされ、街で見かけることも多い《マリリン》だが、本展ではウォーホルの、肖像をモチーフとしながらも異なるコンセプトで制作された作品をそこに並列。ウォーホルがどのような立場から批評性を持って作品を制作していたのかを、考える契機になるだろう。
その他、第3章ではイヴ・クライン、フランシス・ベーコン、ヨゼフ・アルバース、フランク・ステラ、ロバート・ラウシェンバーグ、ジム・ダイン、クリスチャン・ボルタンスキー、クリスト&ジャンヌ=クロードらの作品が並ぶが、なかでも本展の最後を飾るゲルハルト・リヒターの大作《オランジェリー》(1982)は、美術館におけるコレクションの意義を示す作品と言えるだろう。
富山県美術館が所蔵する本作は、ドクメンタ7(1982、ドイツ・カッセル)で展示された5点のうちのひとつ。同館の前身となる富山県立近代美術館が、1984年に開催した「富山国際美術展」にも出品され、収蔵されたものだ。現在、現代美術を代表するアーティストとして不動の地位を築いたリヒター。1981年に開館した同館が、当時の同時代作家としてリヒターをコレクションに加えた意義は、いまとなっては大きかったと言えるだろう。本展の終盤に展示されたこの作品は、評価の定まった物故作家だけではなく、同時代の現役の作家をコレクションすることの意義を改めて教えてくれる。
開催にあたって、今年4月に就任した館長の蔵屋美香は改めての就任挨拶とともに、展示の意義を次のように語った。「国内でも有数の西洋美術コレクションを所有している3館の収蔵作品を集めたことで、海外に勝るほどのコレクションがそろった。新型コロナウイルスの影響により、これまでのように国外から有名作品を持ってくるブロックバスター展の開催が難しくなった。本展はコロナ以前に企画されたが、改めてコレクションの価値を確認し、文化を盛り立てるコロナ以降の展示のモデルケースとなり得るのではないか」。
なお、横浜美術館は本展を最後に、改修工事のための休館に入る。本展と同時開催されている、横浜という土地に焦点を当てたコレクション展「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」や、若手作家をピックアップするNew Artist Picksシリーズの展示「柵瀨茉莉子展|いのちを縫う」(〜12月13日)も観覧しながら、しばしの別れを惜しみたいところだ。