2014年から2年に一度開催されてきた東北芸術工科大学が主催する芸術祭「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」が今年、4回目の開催を迎えた。といってもこれまでのような実際の会場ではなく、オンラインでの開催だ。
「山形ビエンナーレ」は、これまで芸術監督は山形県出身の絵本作家・荒井良二が務めてきたが、今回は新芸術監督に現役医師であり芸術分野に造詣の深い稲葉俊郎が就任。総合プロデューサーを同大学長・中山ダイスケが務め、「山のかたち、いのちの形~全体性を取り戻す芸術祭~」というテーマを掲げる。
新型コロナウイルスの影響を受け、世界各地の芸術祭が中止や延期を余儀なくされるなか、オンライン化という前例のない方向に舵を切った今回の山形ビエンナーレ。そこには様々な思いが込められている。
開幕初日となった9月5日のオープニングトークで、稲葉は「危機的な状況だからこそやる必要がある」と語った。「社会危機のときこそ、芸術祭はむしろ必要だ。どうすれば開催できるかを考える芸術祭にしたかった。コロナで様々な分断が起きているが、見る人が生きる力をもらい、新しい一歩を踏み出せるような芸術祭になれば」。
いっぽうの中山も、これまでは実際に山形を訪れてもらうことも開催目的にあったとしつつ、「訪れるという体験なしにどう芸術祭が成り立つのか、配信が鑑賞体験に代わるのか、という壮大な実験でもある」と意気込む。
「現代」に「山形」を「考」える意味
今回、山形ビエンナーレでは大きく7つのプログラムが展開されるが、なかでも注目したいのが、山形県村山地方に伝わる「藻が湖(もがうみ)伝説」 を軸にした「現代山形考~藻が湖伝説」だ。キュレーションを手がけたのはアーティストで東北芸術工科大学教授の三瀬夏之介と、文化財の保存修復を専門とする株式会社文化財マネージメント代表取締役の宮本晶朗。
そもそも「藻が湖伝説」とは、「山形の盆地がかつては湖の底にあったが、奈良時代の行基や平安時代の慈覚大師円仁による開削工事によって、現在の山形盆地が出現した」という言い伝えだという。今回はこの伝説を軸にしつつ、三瀬はテーマの背景についてこう話す。「当初は東京五輪の喧騒の後に開催されるはずだったので、五輪を踏まえていま東北・山形から言うべきことは何かを考えていた。既存の仕組みや常識を一度“水に沈めて”みて、もう一度考えなおすきっかけとする、というものだ」。
参加作家は、青野文昭や秋山さやか、石倉敏明、岡村桂三郎、中村ケンゴ、三瀬夏之介など30組以上のアーティストや研究者、コレクティブ。当初は旧県庁舎及び県会議事堂で国の重要文化財である「文翔館」を会場に、それぞれが新作を展示する予定だった。しかしコロナによってそれは叶わなくなり、状況は大きく変わっていった。
そこで今回、三瀬らは一般には非公開というかたちで大学内に非公開の会場を設営。文翔館で発表予定だった作品の一部が、密かに展示されている。
ではなぜ、わざわざ誰も見ることができない展示を行うのか? 三瀬は、様々な展覧会・イベントがバーチャル(オンライン)化する状況を踏まえ、それでも「オンラインで見せるのはちょっと違うのではないか」と言う。
「展覧会のリアリティ、体験とは何かを考えたとき、オンラインではやはり難しい。山形ビエンナーレは、ここ(=山形という場所)で展示する必要があるし、皆さんには『山形に作品があるということ』を想像してほしい」。
さらに課題となったのが作品の文脈だ。そもそも作家たちは、近代化の象徴的存在であり、山形の歴史を俯瞰して紹介する文翔館での展示を踏まえ、作品を制作してきた。展示場所が大学内へと変わることで、作品の意味すら変わりかねない。しかし宮本は、「まったく新しいものをつくるということもできたかもしれないが、それでは誠実さを感じない」と断言する。
「結果としてこの展示はコロナ以前とコロナ以後をまたぐものになった。コロナ以前の状況を引きずりながらいま展示するということに大きな意味がある。文翔館でしか成立しない作品もあり、正直なところショックも大きかったが、新たな作品をつくるのではなく、私たちキュレーターは“展覧会を修復する”ように構成した」。
三瀬は今回の展覧会を通じ、「この展覧会は文翔館ですべきものだったということを伝えながら、次回2022年にはフルスペックで文翔館での展示を実現させたい」と意気込む。
なおこの「現代山形考~藻が湖伝説」は、藻が湖大学と題したトークやレクチャーを会期中の週末に実施。またパフォーマンスや映像作品などをオンライン配信する。
しかしこれだけでなく、『藻が湖新聞』という部数限定の新聞でも情報を発信。同大講師を務める小金沢智はオンラインとは真逆のメディアを使う狙いについて、「ネット環境がない人にはオンライン展覧会は届かない。であれば新聞というメディアを再考することで、様々な人に届けることができるのではないか。地域に開いた大学として、地元で生きる人々に情報をどう届けるかも大切だ」と話す。
新型コロナによってアート界全体で様々な模索が続くなか開催を迎えた今年の山形ビエンナーレ。オンラインでは伝わりにくい「山形という場所性」を届けたいという強い思いが、「現代山形考~藻が湖伝説」には詰まっている。