2018年11月〜12月に、パリのラ・ヴィレットで開催された、日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮に関する大規模展「MANGA⇔TOKYO」展。「東京」を切り口に、フィクションに描かれた東京の姿のみならず、そのフィクションに影響を受け変化してきた様子までをとらえる試みとして話題を集めた。この展覧会の凱旋展となる「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」が、国立新美術館で開幕した。会期は8月12日〜11月3日。
パリで開催された「MANGA⇔TOKYO」展は、国立新美術館で2015年に開催された「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」展をベースに、ヨーロッパで展開するために企画された。「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」展のコンセプトを引き継ぎつつ、明治大学准教授の森川嘉一郎をゲストキュレーターに、「東京」を切り口に新たに特撮作品を加え、構成したものだった。
今回の凱旋展示にあたり、「MANGA⇔TOKYO」展最大の特徴となっていた、縮尺1000分の1、17×22メートルの巨大な東京の都市模型が展示のイントロダクションとして館内に再構築された。展示はこの模型を回廊のように囲うかたちで、500点以上の資料により構成されている。
都市模型の奥には巨大なビデオウォールが設置され、『AKIRA』(1982、大友克洋監督)や、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993、押井守監督)といった映像作品のダイジェストが流れるようになっている。
会場は「破壊と復興の反復」「東京の日常」「キャラクター vs. 都市」の3つのセクションで構成。
まず、セクション1となる「破壊と復興の反復」では、これまで日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮で描かれてきた、東京の大規模な破壊や、破壊を経て復興するイメージを取り上げる。アニメの『AKIRA』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ(2007〜、庵野秀明総監督)、『ゴジラ』(1954、本多猪四郎監督)から始まる特撮映画などを映像展示や制作資料などで紹介。火災や震災、戦争被害などに幾度も見舞われてきた東京の姿がフィクションの基盤になり、人々の想像力の礎となった歴史を紐解いていく。
セクション2の「東京の日常」では、市井の人々の生活がフィクションのなかでいかに描かれてきたのかを見ていく。このセクションは、「プレ東京としての江戸」「近代化の幕開けからポストモダン都市まで」「世紀末から現在まで」という、時代ごとの3つの枠組みに分化された。
「プレ東京としての江戸」では、東京の前身として250年以上の時間を経て発展を遂げた江戸の街に焦点を合わせ、浮世絵に描かれた大衆文化や名所、役者や遊女などにインスピレーションを受けて描かれた多くの表現を紹介。
マンガでは安野モヨコ『さくらん』(2001)、杉浦日向子『百日紅』(1983)、アニメでは『火要鎮』(2013、大友克洋監督)、ゲームでは「がんばれゴエモン2」(1989、コナミデジタルエンタテインメント)など、江戸の文化や精神をソースとして、想像力を膨らませた作品の資料が展示されている。
「近代化の幕開けからポストモダン都市まで」では、明治維新の近代化と西洋化、戦争と敗戦、高度経済成長期からバブル経済まで、目まぐるしく変化した「東京の日常」がテーマとなる。
展示ではまず、明治から大正を舞台にしたものとして、和月伸宏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚』(1994)や、大和和紀『はいからさんが通る』(1975)、関川夏央・谷口ジロー「『坊っちゃん』の時代」(1987)といったマンガや、「サクラ大戦」(1996、セガ)といったゲームを紹介。当時の社会や都市の変化、女性の社会進出などがいかに題材となったかに着目する。
また、高森朝雄・ちばてつや『あしたのジョー』(1967)や西岸良平『三丁目の夕日』(1974)に描かれた高度経済成長期の東京の光と影、北条司『シティハンター』(1985)に見るバブル経済期の華やかなファッションやライフスタイル、武内直子『美少女戦士セーラームーン』(1992)で東京の象徴として使われた東京タワーという装置など、様々な切り口で描かれてきた戦後の東京の姿を振り返る。
そして「世紀末から現在まで」では、20世紀末以降停滞期に入った日常風景の美しさや悲哀、場所性を強く帯びたキャラクターの出現に、現代の東京の生活を見出す。
岡崎京子『リバーズ・エッジ』(1993)や浅野いにお『ソラニン』(2005)は、都市に暮らす人間の葛藤や瞬間の感情を描き、時代を象徴する作品となった。いっぽうで、久住昌之・水沢悦子『花のズボラ飯』(2009)や黒川依『ひとり暮らしのOLを描きました』(2015)のような日常のなかの小さな喜びや苦しみを描いた作品、『秒速5センチメートル』(2007、新海誠監督)や羽海野チカ『3月のライオン』(2007)といった仔細に描きこまれた日常の景色とモノローグを散りばめた作品などを展示。様々なかたちで表現された東京を生きる人々の生活を俯瞰できる。
また、『STEINS; GATE』(2009、MAGES./Nitroplus)の秋葉原、『龍が如く 極2』(2017、セガ)の新宿・歌舞伎町など、ゲームのなかで前景化された東京の特定の地域と、そこに紐付いたキャラクターに注目した展示も行われている。
展覧会の最後となるセクション3は「キャラクター vs. 都市」 と題された。ここまでの展示で見てきたフィクションのなかの東京ではなく、実在の東京にフィクションのキャラクターが召喚されたり、作用を及ぼす例を見ていく。
すでに日常風景となったコンビニエンスストアとキャラクターのコラボレーションを紹介する「コンビニエンスストアと『初音ミク』」は、実在のコンビニの外観を模した展示。また「電車と『ラブライブ!』」では、キャラクターの描かれた車内広告を、実際の鉄道車両を模したかたちで紹介するなど、ユニークな方法が試みられている。
また、作品の舞台となった場所を実際に訪れる「聖地巡礼」と呼ばれる行為によって、フィクションと実際の土地が結びつくことについても、秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(1976)や『君の名は』(2016、新海誠監督)などを例に資料が展示されている。
アニメ・マンガ・ゲーム・特撮というジャンルにおいて、フィクションと現実のあいだを行き来しながらつくりあげられてきた東京という都市。作品の表現史としてだけではなく、我々が日常を生きる都市を巡る文化史としても興味深い展覧会となっている。