アメリカ・ノースカロライナ州で生まれ、現在はロサンゼルスを拠点に活躍するチェリスト/ボーカリスト/プロデューサー、ケルシー・ルー。グッチやジル・サンダーなどのキャンペーンモデルに起用されるなど、ファッションアイコンとしても注目されているこのアーティストが、一夜限りのライブパフォーマンスを行った。
舞台となったのは、杉本博司が構想から竣工まで20年以上の歳月をかけて開館させた「小田原文化財団 江之浦測候所」。いまも拡張し続ける広大な敷地には、室町時代に鎌倉の建長寺派明月院の正門として建てられた明月門や石舞台、冬至光遥拝隧道、夏至光遥拝ギャラリーなど、杉本の美学を表す要素が詰め込まれている。
この江之浦測候所のもっともアイコニックな場所「光学硝子舞台」で、ルーのライブパフォーマンスは行われた。フェレント古代ローマ円形劇場遺跡を実測して再現された観客席からは、光学硝子舞台と空に溶け込むような相模湾の水平線を目にすることができる。
ルーはこの日、日本古来の伝統色で「夕暮れ」を表す「赤色」と、「影」を意味する「黒色」の衣装を纏って登場。
光学硝子舞台の四隅を、チェロが横たわる中央に向けてゆっくりと歩き始めたルー。前日に施設内で収録した鳥のさえずりや自然の音を鳴らしはじめ、チェロの音とともに完全即興のパフォーマンスはスタートした。森の方からは実際に鳥のさえずりが聞こえ、ルーの音楽との偶然のハーモニーが生まれるという場面もあり、観客を驚かせた。
世界にふたつとない場所での、息を呑むような50分間のパフォーマンス。ルーは「私の周りでさえずる鳥たちや、集まってくれたみんなの存在によって、調和が生まれたと感じる」とその感想を語る。
「(江之浦の)自然からとても大きなインスピレーションを受けました。より大胆に、自由になれたかな。目を閉じると、穏やかなキスのように、頬にそよ風を感じることができるし、鳥は私の耳の中で歌い始める。竹が風と会話して私だけに聞こえる秘密を告げてくれる。目を開けると、銀の彫刻が周囲の環境を反射し、太陽や海、風と会話を交わしているのが見えるの」。
アートを心から愛するというルーは、このように語ってくれた。「アートは、言葉よりも前に私たち人類がつくっていたものでしょ。アートは国境を超える言葉。私たちが周りにある自然と会話をするときにも、境界をなくしてくれる言葉じゃないかな」。
ここでのパフォーマンスから、将来に向けてインスピレーションとなるものは得たのだろうか? ルーの力強い答えを記憶にとどめたい。「MORE THAN I EVER HAVE BEFORE」。