石川直樹は1977年東京都生まれ、東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。弱冠22歳で北極点から南極点までを人力で踏破し、23歳で七大陸最高峰の登頂に成功。その後も都市から極地に至る地球全体をフィールドに、写真と文章を通して日常と世界を見つめ続けてきた。
1990年代後半の初期作から最新作まで、初公開作品を織り交ぜて構成される本個展「この星の光の地図を写す」は、各シリーズを通して石川の足跡をたどろうというもの。2016年より茨城、新潟、千葉、高知、福岡で開催され、最終地として、自身が生まれ育った街・東京の初台へと巡回してきた。石川は、展覧会開催の感謝とともに「展覧会の締めくくりを初台で迎えられて嬉しい。いままで自分が見てきた光景が詰まっているので、ゆっくりと写真を見てほしいです」と語る。
活動最初期に発表した「DENALI」シリーズ(1998)は、石川が初の高所登山を経験し、登頂に成功した北アメリカ・アラスカ山脈最高峰の「デナリ」をとらえたシリーズ。その2年後には、人力で地球を縦断するプロジェクト「Pole to Pole 2000」に日本代表として参加した経験をもとにした「POLE TO POLE」シリーズ(2000)へと続いていく。
石川の代表シリーズのひとつが、97年から約10年間にわたって度々訪れた北極圏への旅の軌跡を収めた「POLAR」シリーズ(2007)だ。先住民の独自の文化や暮らし、そして彼らがつくる「国境を超えたゆるやかなネットワーク」のあり方に対して石川が綴った思いを会場では読むことができる。
各作品にキャプションがついておらず、シリーズ名だけが各エリアに掲げられる会場。各所に置かれる石川のテキストがおのずと際立って感じられる。
石川が各地に残る太古の壁画に向き合った「NEW DEMENTION」シリーズ(2007)は、たんに目的地に行くだけではなく、そこにたどり着くまでの道のりや自然、現地の人々の様子なども撮影したシリーズだ。本展では、北海道のフゴッペ洞窟や南米パタゴニアなど5ヶ所の写真が紹介されている。
なお、会場となる東京オペラシティ アートギャラリーの空間をふんだんに活用した展示構成は、石川本人が考案したもの。
ヒマラヤ山脈にあり、厳しい気候条件、急峻な山容などから登頂が最難関とされる世界第2位の高峰「K2」に、自身のヒマラヤ登山の集大成として挑戦した「K2」シリーズ(2015)。このシリーズの展示室では、パキスタンの街から遠征本番に至るまでのプロセスが写真と映像で紹介され、会場中央のテントの中に実際に入り、映像を鑑賞することができる。
また、青い壁紙が印象的な「THE VOID」シリーズ(2005)の展示室では、石川がミクロネシアに残る伝統航海術を学ぶプロセスで、ニュージーランドの先住民・マオリの聖地に分け入り、原生林を訪ねた際の写真や映像が並ぶ。会場に響くのは、映像内で使用される山川冬樹のホーメイ。映像では、「緑(植物)以外何もないけれど、とても満たされている感覚があるいっぽうで、たくさんの生物もいて気配を感じるのに、どこか真空のような“無”の雰囲気がある」と語る石川の「矛盾した感覚」が表されている。
展覧会の最後には、「石川直樹の部屋」と名付けられたコーナーも登場。石川が遠征時に携行し、使用した装備や道具、旅先で手に入れた様々なものが紹介されている。また、石川の生い立ちや写真家としての原点を垣間見ることのできる写真や、2004年、熱気球による太平洋横断に挑戦して海上に着水し、波にのまれたゴンドラとともに漂着した品々も並ぶという、カラフルでユニークな一角になっている。
こうして、様々な角度から地球をとらえてきた石川の軌跡が丁寧に示されている本展。担当学芸員の堀元彰は、「会場には、ふだん見えないであろう世界を見ることのできる写真が並んでいます。そしてそれらを通して移民問題を含む人々の移動、気候変動などにも想像がおよぶかもしれません。時系列に並ぶ作品を、みなさんの頭の中で再構築しながら見てほしいです」と話す。
石川が見つめてきた、雪肌の山々や緑あふれる自然、太古の壁画、異形の神々と、それらとともに綴られる言葉。そこには、初めて訪れる異国で出会うような発見がある。旅するように会場を歩くことで、新しい世界地図を見つけてほしい。