17世紀ヨーロッパを代表する画家、ペーテル・パウル・ルーベンス(1577〜1640)。その作品約40点が10ヶ国から集結する、国内過去最大規模となるルーベンスの展覧会「ルーベンス展―バロックの誕生」が東京・上野の国立西洋美術館で10月16日にスタートする。
イタリアの文化に憧れを持ち、大きな影響を受けたルーベンスの歩みを、時系列ではなくテーマごとにたどる本展は、17〜18世紀イタリア美術のスペシャリスト、アンナ・ロ・ビアンコと国立西洋美術館 芸員の渡辺晋輔が監修。「過去の伝統」「絵筆の熱狂」「寓意と寓意的脱話」などの7章で構成される。
まず、冒頭を飾る「ルーベンスの世界」では主に、ルーベンスによる肖像画が並ぶ。1577年ドイツに生まれ、画家を志したルーベンスは8年間のイタリア滞在を経て故郷で宮廷画家を務めた。本章では、宮廷画家として、そして多くの子供に恵まれた父として描いた肖像画が紹介される。
続く2章の「過去の伝統」では、8年間のイタリア滞在によって成熟を迎えたルーベンスの表現に迫る。1600年にイタリア・ヴェネチアへ渡ったルーベンスは、2度のローマ滞在などを経験し、古代彫刻を研究。素描を通して理想の人体像や感情表現の方法を学んだ。さらにラファエロ、ミケランジェロら盛期ルネサンスやマニエリスムの芸術家、あるいはカラヴァッジョなど同時代の画家の作品にも学んだとされる。《セネカの死》(1615-15)は、ローマで目にした彫刻をほぼそのままのかたちで画面に取り入れた作品のひとつだ。
3章の「英雄としての聖人たち」では、ルーベンスによる最後の大型宗教画で日本初発表となる《聖アンデレの殉教》(1638-39)に注目したい。ヤコブス・デ・ヴォラギネの『黄金伝説』に記述された、聖アンデレの殉教場面のクライマックスが描かれている本作。アンデレが磔にされる十字架のかたち、そして手足の状態がイエス・キリストと同様に描かれていない理由は、「イエスと同等の者として自分が殉教されるわけにはいかない」とアンデレ自らが望んだという逸話がベースとなっている。背景の民衆と前方の人物の描き分けと、生命力ある表情が特徴だ。
また通常、聖アンデレ病院に収められている本作は、病院外に持ち出されたのはこれが史上2度目。「こうした適切な照明の下で見られることは貴重であり、向かい合うように展示された《法悦のマグダラのマリア》(1625-28)と本作が同じ空間に揃うことは、2度とないかもしれません」とロ・ビアンコは話す。
そして4章「神話の力1―ヘラクレスと男性ヌード」、5章「神話の力2―ヴィーナスと女性ヌード」では、それぞれ裸体が描かれた作品にフォーカス。神話の世界を描く際に、ルーベンスは理想の男性美の象徴としてヘラクレス、とりわけ著名な彫刻である《ファルネーゼのヘラクレス》を、そして理想の女性美をヴィーナスに見出した。両章を通して、ルーベンスの想像力がいかんなく発揮された神話の世界を堪能してほしい。
5章「絵筆の熱狂」とは、ルーベンスが17世紀の評論家に「絵筆の熱狂」と評されたことに由来する。細部を省略し、誇張を用いながら、統一感ある強烈なビジョンを生み出した描き出したルーベンス。自身の思いをそのまますばやく描きつけたルーベンス芸術の性格が表れている作品として、《サウロの改宗》《聖ウルスラの殉教》《パエトンの堕落》などが紹介されている。
最終章の「寓意と寓意的脱話」には物語画を思わせる作品が並ぶ。しかしそれらは、神話世界の1コマであると同時に、豊穣の寓意、西洋文明のはじまりという寓意などが組み合わされた《エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち》(1615-16)をはじめ、巧みに象徴の組みわせを駆使した寓意的な仕掛けがほどこされた寓意画だ。神話、家族愛、平和、繁栄、ときに性的な意味合いなども含まれる作品を読み解きたい。
「ルーベンスは“彼がいると周りに調和をもたらす”と言われるほど、優れた人柄を持っていました。絵画からその人柄を感じ取ってほしい」と語ったロ・ビアンコ。そうした柔和な人柄と類稀な想像力、教養を持ち、「王の画家にして画家の王」との異名を取り、日本では児童文学『フランダースの犬』で主人公・ネロが最後の力を振り絞って見た祭壇画の作者としても知られるルーベンス。400年以上にわたり人々を魅了してきたルーベンスの作品世界を堪能してほしい。