歴史的建造物が多く残るパリでいま、中心地の再開発や近郊の都市を含む「大パリ計画」に、日本の建築家による10数の案が採択され、進行中だ。安藤忠雄による元商工会議所からピノー財団美術館への改装、SANAAによるサマリテーヌ百貨店の新装、隈研吾や藤本壮介は郊外の駅や環状道路周辺の新たな整備を行う。
フランスでの日本建築の人気の高まりは、昨今の展覧会にも見られる。去年の夏以降、パリ市内のアルスナル建築博物館やポンピドゥー・センター・メッスで、それぞれ近代以降の日仏建築交流史や戦後の時流にそって総観された。そんななか、2000年以降に活躍する石上純也は、16年にニューヨーク近代美術館で行われた「日本の星座」展で伊東豊雄やSANAAらとともに紹介。これと前後して、13年にボルドーの建築センターで個展を開催。15年にはフランス国立近代美術館にも模型が所蔵され、翌年のコレクション展に出品された。
そして今年3月、パリ左岸にあるカルティエ現代美術財団は、その1200平米の展示スペースで、建築家を初めて単独で紹介する展覧会に石上を抜擢。同氏がアジアと欧州で取り組む約20のプロジェクトを展観できる。
石上は2004年の独立後、3ミリ厚の天板が9.5メートルもの長さで立つ《テーブル》(2005)、4階建てビルの大きさで重さ1トンもの固まりが宙に浮かぶ《四角いふうせん》(2007)を展示空間に出現させ話題を呼んだ。通常の比率や構造を覆すことで、固定概念や周囲の景色がドラスティックに変容する——それを多くの人に体験してもらおうとする建築家石上に、同財団も魅了され展覧会開催を決めた。
春先の花々と緑が囲む透明なガラス建築は、フランスを代表する建築家ジャン・ヌーヴェルが94年に設計。周りの庭園は、ヨーゼフ・ボイスに師事したドイツ人アーティストのローター・バウムガルテンが、宇宙の輪郭として幾何学図形を用いたデザインと、成長し続ける自然によるもの。これらの環境を意識した石上の室内の展示が風景としてつながる。
地上階では、有機的な弧をダイナミックに描く作品群が並ぶ。オランダ北部で去年オープンした《Vijversburgビジターセンター》は、一見壁も柱もないガラス回廊が、保護された公園の形状を変えないように地表面に伸びる。
中国・日照市の谷合いに建設予定の《谷の教会》では、高さ45メートルの鉄筋コンクリート壁で挟まれた最小1.3メートルの幅の間を歩く構想を、10分の1の巨大模型で紹介。コペンハーゲンの海に浮かぶ白雲のような屋根を持つ《House of Peace》は、限られた開口部から取り込む水面に反射する光を船で訪れ鑑賞する施設になるそうだ。また、掘った土地に流し込んだコンクリートを更に掘り起こした造形からなる《House & Restaurant》では、自然現象と建造物を自在に行き来するコンセプトと実現までの膨大な過程が、構想段階毎のデッサンや模型、記録映像からわかる。
地下階では、石上の歴史への尊重と革新的な技術の追求の姿勢が見られる。2012年から取り組む《モスクワ科学技術博物館》では既存建造物を活かし、基礎部分を徹底調査し可能となった改装によって機能を拡張させた。金獅子賞を受賞した第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展でも紹介された《神奈川工科大学KAIT工房》では、林のように太さも配置も異なる約300本の支柱で屋根を支え柔らかく空間を区切った。現在は工房に隣接する敷地で、開口部から光や雨も通す屋根を4辺の壁面のみで支える4000平米の半屋外の多目的スペースを計画中で、来年完成予定だ。
会場には実際の建設に必要な図面の代わりに、直筆のステートメントが掲げられている。価値観が日々変わりゆくいまの時代に呼応する建築を求め、着想としての自然と最新技術が融合した、新しい提案として石上が夢みる人間の居場所が語られている。世界からかけつける石上ファンのみならず、初めて石上の表現に触れる、パリの未来の景観を担う建築学校の学生やインターンなども会場で多く見られる。