「Hello, we're from the internet」と名付けられたこの展覧会は、専用のスマートフォンアプリをダウンロードし、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の5階にある「ジャクソン・ポロック・ルーム」に展示されている絵にかざすと、別の画像が合成され、目の前にある作品とは違ったイメージが画面上に現れるというもの。
本展は、「MoMAR」というアーティストグループによって企画され、一方的にMoMA内で開催されており、MoMAは一切関与していない。ショー自体が、ヴァーチャルなのに加え、観たい人だけが観る仕組みのため、MoMA側が阻止できないゲリラ展覧会となっている。アプリ経由で、8人のアーティストのAR作品を見ることができるが、目的は作品の公開にはとどまらない。
「MoMAR」は、「アートを一般に公開する」ということが持つ意味を問い直すことを本展の主旨としている。彼らの主張はこうだ。経済力のあるギャラリーが「いい作品」を定義し、富裕層がそれを購入していく。やがて作品は、美術館に寄贈され、一般への公開時には、正典化される。作品が一般公開されるまでのプロセスは、完全に「エリートたち」によって掌握されている。そのいっぽうで、一般大衆は、作品に対する意見を求められることもなく、美術館が提示するものを盲目的に「価値のあるもの」、「歴史に裏打ちされたもの」として受け入れる、受動的な鑑賞者に貶められてしまう。この問題は、美術に限らず、文化一般に当てはまるもの。非民主的なプロセスを経て公に開かれたものを鵜呑みにしないよう、既存の構造を疑い、意識的な鑑賞者になることを「MoMAR」は促している。
この問題提起は、決して新しいものではなく、他のアーティストによっても探究されており、「ミュージアム・インターベンション(美術館への介入)」という、一種の表現として知られる。例としては、自身の作品をMoMAやメトロポリタン美術館を含む主要美術館に勝手に展示したバンクシーや、「メリーランド・ヒストリカル・ソサエティ」の収蔵物を、先住民及びアフリカ系アメリカ人の目線から、キュレーションし直したフレッド・ウィルソンなどが上げられる。いずれも「展示される作品を決めるのは誰なのか」、「歴史を語るのは誰なのか」という問いにつながっている。
今回の展示が特徴的なのは、「MoMAR」のアーティストの物理的な作品が存在しないこと。「MoMAR」は、今後も世界の美術館・ギャラリーに展示される作品を、ARで覆うプロジェクトを続けていく予定で、ウェブサイト上では、作品も募っている。物理的制限がない「MoMAR」のアートは、新しい表現の可能性を秘めており、今後の企画がどのようなものになるか興味深い。