東京・銀座の資生堂ギャラリーで、写真家・十文字美信の展覧会「空想の宙 『静寂を叩く』 大乗寺十三室|十文字美信」が10月20日まで開催されている。
十文字は1947年生まれ。日本の伝統文化に深く根ざし、その普遍的な価値を追求してきた写真家であり、デビュー作「UNTITLED(首なし)」シリーズは、1974年ニューヨーク近代美術館で開催された「New Japanese Photography」展にも出展。日本写真協会新人賞、伊奈信男賞、土門拳賞、日本写真協会作家賞、ADC賞などを受賞し、資生堂では、「シフォネット」連作広告、「ゆれる、まなざし」の広告のほか、企業文化誌『花椿』など多数の撮影を手がけてきた。
今回の展覧会は、十文字がとらえた兵庫県美方郡香美町にある大乗寺客殿の障壁画空間を写真作品として再構成したもの。大乗寺客殿は、江戸時代の絵師・円山応挙とその一門による数多くの障壁画を擁しており、別名「応挙寺」とも呼ばれる。その客殿内の障壁画は計算し尽くされた配置によって、まるで立体的な曼荼羅を思わせる構成をしており、周囲の地理的な自然風景と仏教的な空間が織り成す壮大な世界観を体現している。
十文字は、これらの空間に宿る時間の蓄積や光の移ろいを写真でとらえ、200年以上にわたって奇跡的に存在しているその空間の生きた空気感を映し出そうと試みた。大乗寺の障壁画を撮影する際、絵そのものだけでなく、空間全体に対峙することを選んだ。障壁画を構成する襖や間仕切りが織り成す空間は、開け閉めによって次々に変化し、内と外の自然景観が連続する。
こうした複雑な空間のダイナミクスをとらえるため、十文字は自然光にこだわり、そこにある光の微妙な変化を見つめながら撮影を行った。本展では、ギャラリーの天井高を活かしたインスタレーションが特徴的だ。ホワイトキューブのモダンな空間に、十文字がとらえた大乗寺の障壁画空間の写真作品が再構成され、鑑賞者の身体的な感覚にも訴えかける展示となっている。
とくに、円山応挙の「松に孔雀図」をもとにした大型写真と、本尊の十一面観音像のクローズアップが組み合わされたメインのインスタレーション作品は、圧倒的な存在感を放っている。いっぽうで、長沢芦雪の「群猿図」のクローズアッププリントも展示されており、応挙の作品との対比が、ギャラリーの空間全体に緊張感を与えている。
また、十文字は今回の展覧会で、写真の物質性を追求する試みにも挑んだ。彼はプリントの表面にニスを引き、まるで伝統的な西洋絵画のような質感を持たせることで、写真というメディウムの存在感を引き出そうとした。これにより、写真そのものがただの視覚的な情報ではなく、物質としての強い存在感を持つことを意図している。実際、長沢芦雪の「群猿図」のプリントは、展覧会が始まった後にも、十文字自身の手でニスを大胆に塗り重ねられた。こうした物質感と絵画的な表現の融合により、作品はより一層の深みを持つものとなっている。
展覧会のタイトルにある「静寂を叩く」は、梵鐘の音が静寂を動かす瞬間に象徴される。ギャラリーで応挙の描いた孔雀の絵に向き合い、その鐘の音に耳を澄ませることで、訪れる者は一人ひとりの「祈り」の時間を過ごしてみてはいかがだろうか。