カリフォルニアを拠点に活動するコンセプチュアルアーティスト、画家のキース・ボードウィー。その油彩画を紹介する展覧会「You’re so great and I love you」が、東京・馬喰横山にあるMARGINで開催される。会期は6月23日〜7月22日。
キース・ボードウィーは、1961年ミシシッピ州メリディアン生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(以下、UCLA)で美術学士、同大学バークレー校で美術修士号を取得し、クィア・アイデンティティを探求するコンセプチュアルなパフォーマンスや実践を行っている。主な企画展に、「AA Bronson’s Garden of Earthly Delights」Salzburg Art Association(ザルツブルク、2015)、「Into Me / Out of Me」MoMA PS1(ニューヨーク)/ クンストヴェルケ現代美術センター(ベルリン、2006)、「*Double Trouble: The Patchett Collection」サンディエゴ現代美術館(カリフォルニア、1995)、「Bad Girls」ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(ニューヨーク、1994)、「Slittamenti」ヴェネツィア・ビエンナーレ(ヴェネツィア、1993)などがあるほか、アメリカやヨーロッパを中心に世界各地で精力的に展示を行っている。
「KEITH BOADWEE RECENT PAINTINGS」(MARGIN、2022)に続き、日本での展覧会開催が2度目となるボードウィー。本展示では、近年取り組んでいる擬人化された動物をモチーフにした油彩画のキャンバス作品12点が展示。アイデンティティや自己喪失といった主題と向き合ってきた作家が、性別や人種や階級などの前提に縛られない新たな肖像画として提示する平面絵画の実践が紹介される。
1980年代にキャリアを開始したボードウィーは、演劇の経験を経たのち、UCLAで芸術家のポール・マッカーシーやクリス・バーデンに師事。パフォーマンスアートやアクション・ペインティングを学んだ。急進的なクィアネスと性的自由から生まれる純粋な喜びを創造性の下地に、写真やコラージュ、ボディペイントを伴うパフォーマティブな実践などを、メディアを横断して、自らのクィア・ボディの探求と美術史への批判的なアプローチを行ってきた。
90年代初頭には、自らの直腸を推進力に描く抽象的なアクション・ペインティングを制作し、ジャクソン・ポロックの作品を批評すると同時に称える「エネマ・ペインティング」でLAの美術シーンを中心に広く知られるようになる。自身の身体を使い、露出させ、限界まで追い込む自己犠牲的なアクションアートは、ボードウィーが敬愛するオットー・ミュールなど「ウィーン・アクショニズム」の影響を強く受けている。
伝統的な絵画技法とその有効性にも強い信念を抱いてきたボードウィーは、2000年代に入ると、パフォーマンスに大きく依存したキャリアを見直し、ドローイングやペインティングの実践にシフトしていく。モチベーションを維持するために、カリフォルニア芸術大学やサンフランシスコ芸術大学で教鞭をとりながら、共同で絵画制作を行うプロジェクト「Club Paint」を主宰し、仲間を募った。
ボードウィーは美術史上の巨匠の構図を再構築し、倒錯的な翻訳を施すことによって批評を展開するとともに、動物や無生物を人間の代替品として採用することで、生々しさやタブー性を間接的に表現するモチーフを磨き上げていった。
近年の絵画制作についてボードウィーは、「潜在的な自己喪失から解放されて、自らに課した制約のなかで自由に遊び回る自己治療的な側面がある」と語っている。
孤独、情景、不安や憂鬱といったニュアンスをユーモアと遊び心で覆い、従来の肖像画にはない軽やかさで描くボードウィー。例えばカエルは自伝的な物語を共有するオルターエゴであり、成長過程で両生類が変態するように「Frog Painting」として初期から発展し続けており、意図的にジェンダーレスな姿に変換されている。煙草のモチーフは以前から使われていたものではあるが、新型コロナウイルスのパンデミック以降、より意識的に生きることや呼吸することを可視化する手段として用いられている。
象徴的なロックの名盤のジャケットが画中画のように描かれたポスターのシリーズでは、クイーンやチープトリックなど、かつて全盛期に熱狂的なファンを持ち、カルチャーの文脈に重要な意味を持ったミュージシャンが登場する。かつてのロックスターに対する羨望的な眼差しを伴うノスタルジックな懐旧は、自身が行ってきた活動に対する目線とも重ね合わされている。
水槽のなかの金魚は、隔絶された環境での創作活動やそのような状況で孤立することのメタファーとして機能していると同時に、アンリ・マティスが好んだ主題でもあり、色彩や構図の関係を再解釈する実践のひとつでもある。
ボードウィーが絵画という制約のなかで独自の語彙とメタファーを積み上げ、語りかけようとするものは何か。ぜひ会場で対峙してほしい。