アール・デコを代表するガラス工芸作家、ルネ・ラリック(1860〜1945)。ガラスによって人々の生活空間をアートの領域にまで高めたラリックの仕事を改めて振り返る展覧会「北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック-アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美」が、愛知県岡崎市の岡崎市美術博物館で開催されている。会期は8月28日まで。
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本展は、長野県諏訪市の世界屈指のガラスコレクションを誇る北澤美術館のコレクションから、選りすぐりのラリックの作品を集め、ガラス工芸家としてのその全容を紹介するものだ。
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来場者が会場で最初に出会うのは「エレクトリック・エイジ」と名づけられたセクションだ。ラリックがガラス工芸家として活躍した1920年代はロウソクや石油ランプに代わり電気照明が家庭に普及した。会場では、優美なガラスのフォルムがつくりだす、当時の瀟洒な灯りを体感することができる。
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次の展示室に進むと、ラリックの真骨頂であるデザインの変遷が、50点以上の作品によって年代順に紹介されている。日常生活に潤いをもたらすためにつくられた各作品はガラスケースの展示台に置かれており、ラリックの独創性が垣間見える造形を、様々な角度から見ることができる。例えば、ジャポニスムの影響を受けた花瓶などは、バッタと夏草といった日本的なモチーフが取り入れられており、バラエティー豊かな意匠の楽しさを感じることができるだろう。
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展示された花瓶のなかでもとくに目を引くのが、オパルセント・ガラスでつくられた、光の透過によって色調が変化する花瓶だ。ワインと豊穣の神・バッカスの神殿に仕える巫女の輪舞を表した本作。様々な角度から眺めて、その神秘的な色合いの変化をじっくりと観察してほしい。
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いっぽうでラリックは、自身の表現をプロダクトとしていかに流通させるということについても先駆的だった。工場生産を軌道にのせるために「製造数を増やしてコストを下げる」という課題に対して、ラリックは香水商のフランソワ・コティと組み、香りの魅力を造形によって視覚的に伝える装飾的な香水瓶を考案。この香水瓶の大量受注をもって、ラリックは工場での量産に踏みきることができた。会場ではラリックとコティのコラボレーションのきっかけとなった当時の作品を見ることができる。
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1925年、パリで開催された「アール・デコ博覧会」(現代装飾美術・産業美術国際博覧会)は、「アール・デコ」の名前の由来ともなった博覧会だ。開催当時、ガラス工芸家としての絶頂期をむかえていたラリックは、会場に専用のパヴィリオンを設け、内外装にガラスを用いた空間をつくりあげた。本展では、中央広場を飾ったガラス製の噴水塔に由来する女神像や会場資料によって、当時の熱気を伝えている。
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ラリックのガラス工芸は、当時の食卓も華やかに彩っていた。本展では卓上にラリックによるテーブル・セットが展示されており、ラリックのガラスがいかに人々の生活を豊かに演出していたのかを体感できるだろう。
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当時の女性たちの日常に欠かせないアクセサリーや化粧道具もラリックは制作している。金属や宝石などの高級素材ではなくガラスによって、より広い層の女性たちに楽しげな品々を届けた。可愛らしく、いまもその新鮮さを失っていないデザインを会場で見ていただきたい。
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さらにラリックは、20〜30年代当時まだ贅沢品だった自動車に関連するアイテムも制作している。ワシの頭や馬、蜻蛉などをモチーフにしたカーマスコットと呼ばれるこのオーナメントは、車のオーナーたちが個性を競い合う格好のアイテムとして人気を博した。なかにはカラーフィルターを仕込むことで赤や青に輝くものもあり、当時の華やかな文化をうかがい知ることができる。
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会場の最後、注目したい作品が花瓶《カマルグ》(1942)だ。ラリックの晩年のヨーロッパは、第二次世界大戦の戦禍に見舞われた。ラリックの工場もドイツ軍に接収されたが、本作はそのような状況下でもつくり続けられた稀有な作品だ。モチーフとなっているカマルグとは、南フランスに棲息する野生馬。このモチーフによって、ラリックはナチス占領下のフランス国民の勇気や誇りを表現したという。ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、世界で争いが絶えない現代。ラリックの無言の抵抗は、現代の私たちの心にも平和への祈りを鼓舞してくれるのではないだろうか。
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岡崎市美術博物館は、建築家・栗生明が手がけた緑豊かな周囲の風景に溶け込むような、ガラス張りのアトリウムが特徴的な建築だ。この美しいロケーションのガラス建築のなかでガラスという素材の魅力を伝え続けるラリックの作品に出会い、その魅力にじっくりと触れてみてはいかがだろうか。