2022.6.16

日本橋とアートをデジタルでつなぐ。三井不動産が「クリエイター特区」で挑む、新たな価値の創出

創立80年を迎えた三井不動産が、周年事業のひとつとして、創業の地である日本橋を舞台に、アートと街をつなぐ初の試みを展開している。このチャレンジは未来に何をもたらすだろうか?

「UN/BUILT Virtual GALLERY」より
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 創立80年を迎えた三井不動産が、都市の未来を模索するプロジェクトとしてスタートさせた「未来特区プロジェクト」 (miraitokku.com)。「都市機能の本質とその未来」をテーマにしたこのプロジェクトは「生存」「コミュニケーション」「文化」の3つのテーマが柱となっており、アートファンにも注目してほしいのが、「文化」を担う「クリエイター特区」だ。

 「クリエイター特区」とは、文化の源泉ともいえるクリエイターの想像力や創造力を活かし、リアル・デジタル空間が融合した新たな場づくり・事業創造のプロトタイプの構築を目指すもの。リアル、AR、そしてデジタルの3つの場でアートが展開され、AR作品を含む全ての作品がNFTとしても販売。世界最大級のNFTプラットフォーム「Open Sea」を活用し、6月18日よりオークションが開始される

大徳寺の名刹もNFTに

 まずもっとも身近に今回の試みを楽しめるリアルの場から紹介しよう。場所は日本橋の特設会場「UN/BUILT GALLERY(アンビルトギャラリー)」だ。ビルの1階に誕生したギャラリー空間には、10名の作家のデジタルアートが展示。それらとともに、ラフ画やドキュメントムービー、ギャラリートーク(URL追加)も楽しめる。

UN/BUILT GALLERY外観
UN/BUILT GALLERY内観

 ここでのテーマはギャラリー名の通り、「アンビルト」。アンビルトとは本来、現実にはで実現できていない、つくることができない建築を意味するものだが、10人の作家がこれを解釈し、作品を制作した。作品はデジタル上の「UN/BUILT  Virtual GALLERY」でも鑑賞可能となっている。

 出展作家には、「ファイナルファンタジー11」などのカバーアートを手掛ける富安健一郎や、「ファイナルファンタジーXⅢ」シリーズ3作でアートディレクターを務めた上国料勇、「超時空要塞マクロス」のキャラクターデザインを担当した美樹本晴彦、「交響詩篇エウレカセブン」のキャラクターデザインで知られる吉田健一など、日本を代表する名だたるクリエイターたちが参加。それぞれが本展のテーマにあわせた新作を見ることができる。

富安健一郎による作品
上国料勇による作品
吉田健一による作品

 興味深いのは、京都の名刹・大徳寺真珠庵の参加だ。今回、真珠庵はパリを拠点とするアーティストのステファン・ブリューワーとタッグを組み、桃山時代につくられた国宝の庭園と襖を史上初めてデジタル化・NFT化。パリ・ルーヴル美術館が所蔵するレンブラントの作品をもとにした天使の背景に大徳寺真珠庵の庭園が映り込み、真珠庵の襖絵の背景にはルーヴル美術館が映り込む、という複雑なレイヤーが組み込まれている。

ステファン・ブリューワーによる作品

 この取り組みについて、ステファン・ブリューワーは、姉妹都市である京都とパリ、双方の文化遺産をコラボレーションさせることで、空間の浮遊感や時間感覚の拡張を表現したと話す。「デジタル作品は一種の幻想であり、(私たちが現実を物理的な性質と結びつけて考えるように)デジタル作品の現実性、バーチャル・リアリティーは実際の現実とは異なる世界に存在します。 大徳寺真珠庵の作品をデジタル化するという試みは、まさにこのデジタル化することで鑑賞者に起こる『精神的な浮遊感』の表現なのです」。

ARを街に実装

 上述の「UN/BUILT GALLERY」とともに、本プロジェクトの核をなすのが「AR GALLERY」だ。

 舞台となるのは、人々が行き交う日本橋の「仲通り」と緑豊かな「福徳の森」。川田十夢が率いるAR三兄弟が、AR作品を制作。スマートフォンで専用アプリ「社会実験」をダウンロードし、特定の場でかざすことで、能の演目『忠度(ただのり)』を含む空間情報が、実際の場にオーバーレイされる。スマホを操作することで、AR上で演目の早送り/早戻しもできるという、これまでにない作品だ。

AR GALLERYの様子 協力:粟谷明生(喜多流シテ方能楽師
AR GALLERYの様子 協力:粟谷明生(喜多流シテ方能楽師

 川田は、日本橋という江戸時代から続く商いの街という特性を踏まえつつ、街とコンテンツの相性を重視したと語る。そのため、このAR作品をNFT化する際にも日本橋の場所情報が書き込まれるというこだわりようだ。

 能とデジタル技術の融合という、斬新な組み合わせとなった今回の試み。川田は 「コロナ禍で大規模公演が厳しい状況にあるなか、能のような舞台芸術はARやNFTを介していくべきだ」と話す。「古ければ古い芸術ほど可能性があるのではないか。能は室町時代、ストリート(路上)で行われ、早い身振り手振りで行き交う人々の興味を引いていた。いまは格式高いものになっているが、デジタルによって時間がない現代人にあわせたアプローチもできる」。

 また能がNFTとなることで、「新たな時代の伝統芸能のスポンサーが生まれる。オーナーシップの楽しみ=デジタル上の価値も付与できるのではないか」と期待を示す。

街に新たな価値を

 街をアートで盛り上げようとする施策は近年、あちこちで見られる。しかしながら、今回のようにリアル・AR・デジタルという異なる領域が合流する試みは、ありそうでなかったものだと言えるだろう。

 三井不動産という大手デベロッパーが、街というリアルな場をAR・NFTなどのテクノロジーと接続させた試みのインパクトは大きい。同社でこの取り組みを担当する粟谷尚生は「街が新たな『舞台』となり、表現者にとって活動の場が増えていくことはもちろん、そこにNFTが加わることで、新たな経済的価値を創出し、従来にはない収益を還元することができる可能性を感じている」と、将来性の高さを示唆する。

 また「デジタルのレイヤーが重なることにより、デジタルコンテンツ(とくに、ARのようにその場でしか体験できないもの等)を起点にリアルの場・街に足を運んでいただくことも大きな変化だと考えている」という。 

 三井不動産は今回の反響を踏まえ、Web3領域やアート領域の今後の事業化の可能性を検討していくだろう。まだ始まったばかりの意欲的な挑戦。これからの展開にも大きな期待が集まっている。