2021.1.29

ニューノーマルを考える機会としても訪れたい「眠り展」。アートマップ『ART WALK MAP with 「眠り展」』の配布も

世界的パンデミックのなか開催されることとなった「眠り展」。全7章を通じて〈眠り〉の意味を多角的にたどる本展を、活動休止や創造行為、眠りの外側内側で生じる事象などに触れ、新しい生活様式(ニューノーマル)を考える機会としてもとらえてみたい。また、鑑賞後に訪れたい美術館付近のアートスポットを『ART WALK MAP with 「眠り展」』としてセレクトした。本展を思い出し語りながら、私たちの生活について考えをめぐらせてみてはいかがだろうか。

文=肥高茉実 撮影=小林真梨子

饒加恩(ジャオ・チアエン) レム睡眠 2011
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 人々にとって生きていくうえで欠かせない〈眠り〉は、芸術家たちの創造を駆り立ててきた。東京国立近代美術館で開催中の「眠り展:アートと生きること ゴヤ、ルーベンスから塩田千春まで」では、そんな眠りをテーマに生み出された古今東西の多彩な表現にフォーカス。絵画、版画、素描、写真、立体、映像など国立美術館のコレクションから、ゴヤ、ルーベンス、クールベから、河原温、内藤礼、塩田千春まで33名のアーティストによる約120点の作品が一堂に会する。

 展覧会は「序章 目を閉じて」「夢かうつつか」「生のかなしみ」「私はただ眠っているわけではない」「目覚めを待つ」「河原温 存在の証しとしての眠り」「終章 もう一度、目を閉じて」の7章構成。18~19世紀に活躍したスペインの巨匠・ゴヤを案内役として、全7章を通じて、美術における〈眠り〉の意味をたどっていく。本展を担当した同館研究員の古舘遼は、眠りというテーマについてこう語る。「眠りとは、夢と現実をつなぐ創造の源泉。展覧会を象徴するのが、ゴヤの4大版画集のうちのひとつ『ロス・カプリーチョス』に含まれる《理性の眠りは怪物を生む》(1799)という作品です。眠りにつく芸術家にフクロウが銅版画制作に必要な針を渡すシーンを描いたこの作品は、まさに創造の源泉としての眠りを表しています」。

序章展示風景。各章の案内役としてゴヤの作品が展示される
フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 理性の眠りは怪物を生む 1799

 夢と現実をつなぐという意味での〈眠り〉にアプローチするのが第1章「夢かうつつか」だ。18名の外国人労働者が夢の光景を語る様子をとらえた饒加恩(ジャオ・チアエン)の映像作品《レム睡眠》は、古舘曰く、企画の初期段階から本展に組み込みたいと考えていたという。「彼女たちがそれぞれに語る夢の光景には、過去の記憶や願望、生活への不安が混ざり合う。社会問題への示唆として重要な作品です」。

饒加恩(ジャオ・チアエン) レム睡眠 2011

 当初は東京2020オリンピックという祭典後の様子を意識しながら企画が進められていた本展。新型コロナウイルスの大流行に伴い、眠りについてより多角的に考えを深めながら、夢や無意識、さらには活動の休止や死をも示すべく展示内容を大きく変えていったという。堂本右美が闘病中に枯れゆくチューリップを描いた《Kanashi-11》(2004)は生きることの愛しみや儚さを思わせ、世界的パンデミックに揺れる今日、より多くの人々の心に残るだろう。

 こういった現実的なテーマを軽やかに見せるのがトラフ建築設計事務所による設計デザインだ。展示室内には、カーテンを思わせる柔らかな垂れ布や、布のようなグラフィックが出現。微睡み(まどろみ)を誘うような軽妙な構成が光る。またグラフィックデザインは平野篤史が担当。展覧会タイトルや章に、揺らめくような独自の書体を使い、〈眠り〉というテーマを巧みに表現している。

展示風景。展示会場構成はトラフ建築設計事務所

 高く積まれた書類や書籍などの記録資料を撮影したダヤニータ・シンの写真作品《ファイル・ルーム》(2011〜13)も見どころのひとつ。現状は眠っているアーカイブの山のなかから、今後貴重なものが発掘されるかもしれない──同作はそういった将来的な目覚めを期待させる。古舘は「会場を後にしたら、同館からほど近い神保町で書店巡りもおすすめです。眠り展には、日々の迷いや悩みを切り開くためのヒントが詰まっています。“目を閉じることで目を開く”ような展覧会になれば」と語る。

ダヤニータ・シン ファイル・ルーム(部分) 2011〜13