新しいアートフェアを立ち上げることなく、東京のアートシーンを国際的なアートコミュニティに紹介する──これが「アートウィーク東京」が設立された目的のひとつだと言える。
「2年前にひとつの実験として始まったアートウィーク東京は年々進化している」と、昨年8月に就任したアート・バーゼルのフェア・展示プラットフォームディレクター、ヴィンチェンツォ・デ・ベリスは「美術手帖」の取材に対して語っている。
「私たちが探求したいのは、これまでとは異なるモデルであり、これが地域の文脈のなかでどのように展開されるかを観察していきたい。アートウィーク東京は、必ずしもフェアを行わなくても、そうした文脈でどのようなことができるかを考えるうえで、非常に重要な役割を担っている」。
アート・バーゼルと提携し、一般社団法人コンテンポラリーアートプラットフォームの主催により2021年にソフトローンチされたアートウィーク東京(以下、AWT)。訪日外国人観光客の受け入れが再開した昨年は初めて本格的に開催され、美術館やギャラリーなど51のアートスペースが参加し、4日間にわたる会期を通じて3万2000人を超える参加者を記録したという。
デ・ベリスは、AWTはバーゼル、マイアミビーチ、香港、パリでのフェアに続き、アート・バーゼルが世界の5番目の都市で手がけているイベントだと、その重要性を強調しつつ、次のように述べている。「アートウィーク東京は、私たちに多くのことを教えてくれるモデルであり、現地のアートシーンを大いに支えていると思っている。長い目で見れば、これはますます(海外と日本の)お互いの利益につながると確信している」。
10月30日まで京都で開催された「Art Collaboration Kyoto」の記事でも触れられているように、オルタナティブなモデル、またはアートフェアの代替モデルは、日本のアートマーケットにおいて有効に働いていると考えられる。しかしいっぽうで、AWTのようなモデルは、従来のアートフェアにおいて海外の出展ギャラリーが国内の観客に国際的なアートを紹介する機会を失ってしまい、海外のコレクターやアート関係者に向けて東京のアートシーンを一方的にアピールする面が大きいのではないかという疑問が浮かび上がる。また、東京を拠点にする人たちにとっても、地元のギャラリーや美術館についてある程度の知識があれば、AWT期間中に各参加施設をつなぐ「AWT BUS」に乗ってギャラリーを訪れる必要はないように感じる。
そんな質問をAWTのディレクター・蜷川敦子に尋ねると、彼女は「アートウィーク東京は、両方のベクトルでつくられている」と主張し、次のように話している。
「例えば、東京都と連携している『AWT BUS』は、これまでギャラリーに行ったことのない人たちに入ってもらいやすいためにつくられたもの。そもそもギャラリーはどこにあるか、その役割はなんなのかを知らない人たちに対して、ギャラリーと美術館の存在やアーティストの仕事などを紹介するきっかけをつくろうとしている」。
また、ビギナーだけでなく、アートプロフェショナルを含めて幅広いオーディエンスに向けた「AWT TALKS」プログラムも文化交流の例として挙げられている。慶應義塾大学アート・センターとの共催によるシンポジウムとラウンドテーブル、そして2021年から続く無料で視聴できるオンライントークシリーズが開催。国内外の美術館ディレクターやキュレーターを招聘し、展覧会企画における実践や今日のアートを巡る喫緊の課題についてのディスカッションが行われる予定だ。
「現代アートの歴史を知ると同時に、作品の価値がどうつくられているのかを伝えるために『AWT FOCUS』というプログラムを企画した」と蜷川。「買える」展覧会をコンセプトにした同プログラムでは今年、滋賀県立美術館ディレクター・保坂健二朗をアーティスティックディレクターに迎え、「平衡世界 日本のアート、戦後から今日まで」と題した展覧会を11月2日〜5日に東京・虎ノ門の大倉集古館で開催。主にAWTの参加ギャラリーから集まった64作家による105点の作品が集結し、すべての作品はそれぞれのギャラリーを介して購入することも可能だ(販売価格は約30万円〜1億円)。
同展の開催意図について蜷川はこう付け加える。「コレクターの方々には、作品がただのコモディティではなく、いわゆる学術的な価値を持ったものであり、安全にコレクションしていくためにそうした価値も知っておいてもらいたい」。
また保坂も、同展の報道内覧会で次のように述べている。「1つの作品は、様々な時代やほかの作品との関係性を持っている。作品を所有することは、そうした関係性を含めて引き受ける、責任を持つ行為でもある。今回の展覧会では、キュレーターの視点で作品を並べることで、そうした責任性を明瞭にするようにしている。私たちが願っているのは、これからコレクターになる方が『買える』展覧会を通じて、『自分は歴史をかたちづくる一因である』ということを認識できることだ」。
そのほか、蜷川は会期中に限定オープンする、現代アートと建築、食を融合させた「AWT BAR」が、アートコミュニティを拡大するために果たす役割を強調する。建築家・山田紗子が設計したこの空間では、ミシュラン1つ星のフレンチレストラン「Sincere(シンシア)」のオーナーシェフ・石井真介が手がけるフードメニューや、大巻伸嗣、小林正人、三宅砂織のアーティスト3名とコラボレーションしたオリジナルカクテルを楽しむことができる。「日本の文化産業を海外に向けて紹介していくと同時に、国内の方々には、現代アートがわからなくても、建築と食を入り口としてアートの世界に入ってきてもらえたら」(蜷川)。
さらに蜷川は、AWTは国内のプロフェショナルに向けての教育機会も提供していると指摘。「日本のアート業界は、英語での発信力やトランスレーション力が弱いので、海外とのコミュニケーションがうまくいかないケースが多い。インターナショナルなアートディスコースの中になかなか日本のヴィジビリティがつくれていないのは、そこに原因があると思う。そのため、アートウィーク東京は編集に非常に力を入れており、ギャラリーや美術館のプレスリリースを海外のメディアに伝わりやすいように、編集チームがすべて書き直している」。
まとめてみると、AWTは一般の人と現代アートの接点をつくろうとするいっぽうで、アートファンの層を広げ、国内のアートマーケットの活性化を図り、美術関係者が国際的なアートコミュニティとつながる機会を増やすことを試みていると言える。
アート・バーゼルのデ・ベリスによると、今年3月のアート・バーゼル香港では、日本からの出展ギャラリーやコレクターの存在感が著しく高まったという。その理由のひとつは、AWTのようなイベントを経て、地元のアートコミュニティが国際的なアートシーンに参加しようとする意欲が高まったからだと考えられる。「それは、アートウィーク東京が双方向のモデルであることを証明しているだろう」(デ・ベリス)。
デ・ベリスはこう続ける。「私の経験では、国際的な注目が高まれば、地元のシーンの存在感も高くなる。2001年に始まったアート・バーゼル・マイアミ・ビーチを例にすれば、当時の参加ギャラリー数はわずか60〜70でその存在感も薄かったが、いまは約280のギャラリーが参加している。年々イベント自体が良くなり、よりヴィジブルで、注目されるようになっていることは、とても重要なことだと思う」。