今回の特集は、8年ぶりのオリジナルアルバムとワタリウム美術館での個展を機に企画されています。とはいえ特集の企画が持ち上がったとき、アルバムの音源はまったく聴くことはできず、展覧会の内容についても、新作を視聴できる空間ができるということのほか、ほぼ白紙の状態でした。
それでも坂本龍一特集をやってみたいと思い切れたのは、昨夏から今年1月まで開催された同じくワタリウム美術館の「ナムジュン・パイク」展を観ていたから。そこでは、1984年6月、ワタリウム美術館にほど近い原宿のクラブ、ピテカントロプス・エレクトスで敢行されたナムジュン・パイクの新刊記念ライブの模様を追った映像が流れていた。これは、パイクに坂本、高橋悠治、高橋鮎生、立花ハジメ、細野晴臣、三上晴子が出演した伝説のライブで、このパイク展の準備の際に偶然見つかったという。
奇しくも2016年に浮上したナムジュン・パイクと坂本龍一を結ぶ線。このラインをたどることで、アーティストとしての新たな坂本龍一像を描けるかもしれないと思い、テレビをはじめマスメディアとアートの影響関係を研究してきた松井茂に特集の大きな構成をお願いした。松井は、インタビューでは坂本の豊穣なアートシーンとの関わりや影響関係をひもとき、また活動初期のYMOから『TV WAR』『LIFE』、そして現在に続くインスタレーションまでを “メディア・パフォーマンス”をキーワードに包括し、その表現史を再編してくれた。
そして、坂本の「いま、ぼくは何を聴きたいか」という問いから生まれた「音/音楽」(SN/M)は、『async』となっていま私たちの手元に届き、展覧会場では作家の考える理想的な聴取環境のもと聴くことができる。「async」とは非同期の意で、バラバラのものがそれぞれ固有の複数の時間を持っていること。先のパイクの書籍は『タイム・コラージュ』という。コラージュとは、バラバラの素材を一つの平面に糊付けして、その効果を生み出す技法である。原宿での共演から30年あまり、「collage」から「async」へ─。これは、現在のこの世界の様相が逆説的に要請するものなのだろうか。
最後に、個展カタログにも再掲されているナムジュン・パイクの言葉を引きたい。「秀れた作品は奇蹟である。奇蹟とは、(…)原因と結果の間の断絶のことである」(『音楽芸術』1957年10月号)。ここに坂本龍一特集をお届けします。
編集長 岩渕貞哉