収蔵を視野に入れた作品調査の過程で、借用した6作品を紛失したことが昨年11月に公表された群馬・前橋のアーツ前橋。その原因を検証する調査のために設置された「アーツ前橋作品紛失調査委員会」が、調査報告書を公開した。報告書では、館長の住友文彦と担当学芸員が、紛失した6作品を除いたリストの制作や、紛失作家の展覧会開催の提案などを検討していたことなどが報告されている。
作品紛失の経緯
まず、簡単に紛失までの流れを確認したい。紛失作品を含む52点は、旧前橋市立第二中学校の特別教室棟にあるパソコン室に保管されていた。その後、前橋市教育委員会がパソコン室の学校備品の不用品を処分することとなり、作品の混同処分を避けるために作品と備品の境界を明示する作業をアーツ前橋が実施。そのうえで、同月20日に学校備品を教育委員会が処分した。
しかし20年1月、作品を保管場所からアーツ前橋に移す作業において3作品が見当たらないことを確認。さらに同年2月の調査では追加で3作品が確認できず、木版画4点、書2点の計6作品の紛失が判明した。その後、7月に都内の著作権者(遺族)に紛失を報告し、同年11月に公表している。
市では保管過程で盗難された可能性も検討していたが、報告書は、機械警備の発報や窓ガラスが割れるなど侵入の形跡がないことなどから、作品調査等の作業過程において紛失したか、学校備品の撤去作業時に学校備品と一緒に廃棄されてしまった可能性を指摘している。
調査報告書が指摘した問題点
今回の調査報告書で大きな問題とされているのが、著作権者への報告の遅れだ。20年3月に作品の所在不明が明らかになったにもかかわらず、著作権者への報告は同年7月となっている。この原因について、報告書ではふたつの問題点を指摘している。
まずひとつは「著作権者等へ事実を伝えることを避けるか、遅らせることを検討していた」という点だ。作品の所在不明が明らかになった後の20年3月に、その後の対応について住友館長と担当学芸員が当時の文化国際課長と副館長に提案した資料によれば、作品保管状況への否定的な報道等も予想されるため、事実をそのまま著作権者等へ伝えることは避けるほうが良いという考えのもと、次のふたつの対応を検討している。
①作品リストを紛失した6作品を除いたものに更新して著作権者に渡し、紛失した作品は初めから借用していなかったと伝える、あるいはとくに連絡をせず著作権者の反応を見る。
②2022年に当該作家の企画展を開催することを著作権者に提案し、企画展終了後、紛失の事実を伝えるかどうか判断する。
実際に著作権者には、本来合意していたものとは作品数が異なる紛失作品を除いた寄贈対象作品リストが送られており、その理由が明示されていないことについて著作権者側から指摘を受けている。
もうひとつが「初動の遅れ」だ。担当学芸員は20年1月6日に作品の所在不明に気がつき、一時保管庫などを探しても見当たらなかったが、紛失したとは考えず、いずれ見つかるだろうという認識しており、上司である館長に報告したのは1月27日にずれ込んだ。その後、各部署への報告を経て最終的に市長に報告されたのが、20年4月16日となり、3ヶ月以上が経過してしまっていた。
また、報告書の事実経過を見ると、20年5月には市長から、6月には部課長や副館長から、館長に対して遺族に事実を報告する指示が幾度も出されていたが、著作権者への報告が7月13日まで行われなかったことも問題と考えられる。
報告書では再発防止策として、作品の保管場所としてアーツ前橋内をできるだけ有効活用することや、収蔵庫不足に備えて長期的視点で対策を講じることを提言。収蔵・借用・寄託作品などの管理や取扱手続についてもマニュアル化し、アーツ前橋職員全員に対し周知徹底することを求めている。
そして、今回の報告書から浮かび上がった館長ならびに学芸員の対応の問題点に関しては、「館長及び学芸員の専門性を尊重しながらも最終的な意思決定については、これら上司が行う」という「アーツ前橋処務規程」にある指揮系統を徹底するよう求めた。
なお「アーツ前橋作品紛失調査委員会」はアーツ前橋運営評議会委員長、元前橋市芸術文化施設運営検討委員会委員長、前橋市文化スポーツ観光部長、前橋市職員課長、前橋市行政管理課長、前橋市資産経営課長、前橋市文化財保護課長で構成され、事務局は文化スポーツ観光部文化国際課に置く。調査は2020年12月3日から2021年3月9日まで行われ、関係資料や事実関係の解明に不可欠な資料、メールなどの分析、関係者のヒアリング等が実施された。
住友館長は「隠蔽や虚偽の事実はない」
今回の報告を受けて市は、17日に住友館長や当時の副館長ら5人を訓告処分にした。なお、住友館長は3月いっぱいでの退任が決まっているが、前橋市は以前から検討されていたことで、今回の隠蔽疑惑とは関係ないとしている。
いっぽう、住友館長はこの報告書の公開を受けて、3月25日に群馬県庁で会見を開いた。NHKの報道によると、作品の管理に関する問題は自身の責任であると認め、所有する作者の遺族に陳謝したうえで、報告書については「紛失の原因の調査はほとんどなされず『報告の遅れ』を中心にした内容で残念」とした。住友は、隠蔽や虚偽の事実はなく、作品が見つからないことを遺族に伝えることも含めて検討していたが、報告書にはそれが書かれていないと主張。さらに、この問題で美術館の活動や学芸員の雇用などに影響が出るようであれば、裁判などで訴えることも考えているという。
同館は、紛失問題を受けて今年4~6月の3ヶ月間、作品の総点検のために休館する。次期館長も未定としている。住友館長の声明を受けての前橋市側の対応や、今後の館長人事など、引き続き情報を注視したい。
なお、次期館長人事については、美術家の白川昌生らが呼びかけ人となり、現代美術を専門とした人材の登用を求める前橋市への要望書の賛同者を募っている。