篠原有司男の作品に酷似。「SHIBUYA BOXING ART」の顛末を追う

東急株式会社が渋谷の街なかで展開していた「SHIBUYA BOXING ART」が、ニューヨークを拠点にするアーティスト・篠原有司男の作品と酷似しているにも関わらず作家本人の広告への理解を得ていなかったことを受け、同社が謝罪。篠原がコメントを発表する事態へと展開した。この出来事の顛末を追う。

街中に掲出された「SHIBUYA BOXING ART」の様子

 昨年末、渋谷の街なかに掲出された広告が、あるアーティストの作品に酷似しているのではないかとSNSを賑わせた。

 その広告とは、東急株式会社が12月22日から掲出していた「SHIBUYA BOXING ART」だ。これはボクシングを題材とした映画『アンダードッグ』のABEMAプレミアム配信開始にあわせて制作されたもので、「ボクシングアート」と銘打ったポスターを渋谷街頭の約60ヶ所と東急線の電車・駅構内に掲出するというもの。ポスターのなかには、俳優・森山未來がボクシンググローブに絵具をつけ、パンチによって絵を描く様子を映したものもあった。

街中に掲出された「SHIBUYA BOXING ART」の様子

 ここで頭に浮かぶのが、篠原有司男の存在だ。赤瀬川原平や荒川修作らとともに「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を結成したことでも知られる篠原は、1959年頃より「ボクシング・ペインティング」を開始。グローブにくくりつけたスポンジに墨汁や絵具を染み込ませ、支持体を一気にパンチするアクションとともに絵画を制作するこのシリーズは、篠原の代名詞ともなっている。

篠原有司男 Photo by James Ware Billett, courtesy of ANOMALY

 しかしながら「SHIBUYA BOXING ART」では篠原への言及はなく、篠原の所属ギャラリーであるANOMALYには事前の相談もなかったという。事後に連絡を受け、経緯説明はあったものの篠原本人が認めていないことを問題視した同ギャラリーは昨年末、すぐさま掲出の取り下げを要求。実際にすべての撤去が完了したのは1月6日だった(その間、ある程度の広告効果があったことも推測される)

 その後、東急は1月29日に「SHIBUYA BOXING ARTの掲出に関する経緯のご報告とお詫び」と題した謝罪文を発表。このなかで、同社は掲出撤去の理由について「当方の不手際により、事前にボクシングペインティングの第一人者であるアーティストの篠原様に本広告へのご理解を得ていなかった」と説明。篠原サイドへ事前説明が行われていなかったことなどを認めている。

 この広告に法的な問題はなかったのか? Art Lawを専門領域とする弁護士・木村剛大は、「著作権法では、スタイルや作風が似ているだけではアイデアが共通するだけと評価され、著作権侵害にはならない」としつつ、「著作権侵害にはならないことと、作品として問題がないことはまた別だ」と話す。

 「ラフォーレ原宿の2020年冬のバーゲンセール広告に対してアーティスト酒井いぶきが自らの作品と類似すると指摘し、SNS上で問題となったケースなど、広告で先行する現代アート作品と似ているとして物議を醸すケースは繰り返されている。広告制作者は、著作権侵害になるかという視点はもちろん、受け手がどのように感じるかという視点から、アーティストに事前に連絡を入れるなど先行作品を尊重する対応をとることがトラブルを避けるためには必要になるだろう」。

篠原有司男 Azami(Thistle) 2015 ©Ushio + Noriko Shinohara, courtesy of ANOMALY

 作品を模倣されたかたちになった篠原は、アーティストおよび作品への認知とリスペクトが高まることを望み、2月1日に直筆のメッセージを書いた。そのなかで「大衆的人気を獲得するために、アーティストの開拓した大切なスタイルをコピーすることは許されません。世界のアート界の常識です」と強く批判している。

 アーティストの表現を表面上だけ模倣し、広告で使用することは、アーティストへの敬意を欠く行為だと言えるだろう。

篠原有司男によるメッセージ

2021年2月8日追記:謝罪文へのリンクを追加しました

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