2018.10.17

難民とともに。アイ・ウェイウェイ監督の話題作『ヒューマン・フロー 大地漂流』が19年1月に公開

中国を代表するアーティストであり、現在はベルリンを拠点に精力的な活動を続けるアイ・ウェイウェイ。その監督作品であるドキュメンタリー映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』が2019年1月12日より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開される。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.
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 2017年に公開され、世界各国で高い評価を受けてきたドキュメンタリー映画が19年1月、ついに日本で封切られる。本作『ヒューマン・フロー 大地漂流』は中国に生まれ、現在はベルリンを拠点に国際的に活動するアーティスト、アイ・ウェイウェイ監督による長編のドキュメンタリー映画だ。

 つねに社会問題と向き合い、自らの作品へと昇華させてきたアイ。その関心はいま、世界の難民問題に向かっている。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 17年の「ヨコハマトリエンナーレ2017」では、難民たちが実際に着用していたライフジャケットを使用した大規模なインスタレーション《安全な通行》と、救命ボートの作品《Reframe》で大きな注目を集めたことは記憶に新しい。

 そんなアイは、本作のためにギリシャのレスボス島をはじめ、アフガニスタン、バングラデシュ、ガザ、ドイツ、フランス、イラクなど23ヶ国の難民キャンプ40ヶ所を訪問。実際の難民にカメラを向け、インタビューを交えた撮影を行なった。

 カメラに映るのは、やむを得ず祖国を逃れ、ひたすらに安寧を求める人々の姿。人間の尊厳とは何か、人はなぜ争わずにいられないのか、彼らをどうすれば救えるのか、そして美術家はその状況で何ができるのか。数々の問いを、この映画は淡々と突きつけてくる。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 過去最高の6850万人が難民となっているこの2018年(撮影時の16年は6500万人)、本作を通じて鑑賞者は何を感じるだろうか。下記は、本作公開にあたり行われたアイのインタビューだ。これを特別に転載する。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——本作を作りあげた理由

 私は生まれて間もない頃に、父が反共産党として国を追放されました。家族全員で人里離れた場所へ強制的に送られ、すべてを諦めねばなりませんでした。私は人間に対する最悪の仕打ち、差別、虐待を見て育ったのです。

 次にヨーロッパで暮らすことになり、ここでの難民の状況を理解したいと考えました。難民たちが到着し続けるレスボス島へ何度も足を運ぶうちに、どんなことが待ち受けているのか見当もつかない彼らの不安な表情を見て、お互い理解しあえていない場所へ命の危険を冒してでもやってくる原因を知りたくなったのです。

 この好奇心をもとに、難民の歴史と現在の状況について研究する大きな調査団を作りました。シリア内戦のほかにも、イラク戦争、アフガニスタン紛争、パレスチナ問題、アフリカ内の紛争、ミャンマーの少数派民族の迫害、中米の暴力によって難民は増え続けています。私自身の理解を深めるためと、理解したことをすべて記録するためにカメラを回し続けました。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——不屈の楽観主義について

 来る日も来る日も、終わることのない物語を耳にしましたが、なにより印象に残ったのは難民たちの決意です。彼らは明確な未来がなくて次にどうなるかもわからないのに、ほとんど不平を言いません。難民キャンプでサンドイッチを受け取るには、2時間も並ばなくてはなりませんし、電気が通っていないので夜は早く訪れとても寒く、雨漏りで土地はぬかるみ、下水道はありません。生活は極端に厳しいのですが、祖国を逃げだすという決意はとても固く、しばらくの間は西側諸国が平和な生活と子供たちの教育を提供してくれるはずだと信じ続けていました。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——ドキュメンタリーとは

 ドキュメンタリーは「現実」だとよく言われますが、実際それが「ありのままの現実」とは限りません。ドキュメンタリーの中では、時間が圧縮されているからです。本作の2時間20分ほどの時間の中では、彼らの体験が耐えられないものになる過程まで感じることはできないでしょう。映画は真実を完全に語ることも、その真実が耐え難いものである実感も、本当の意味で語ることはできないと思っています。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——人間性がもたらすもの

 芸術家として、私はいつも人間性というものを信じています。私と難民たちは、話す言語が違うかもしれないし、信念もまったく違うかもしれませんが、私は彼らを理解できます。人間は、誰かに困難が降りかかったときや危機が差し迫ったとき、自分のことのように実感する必要があります。人間同士にそのような信頼がなければ、隔たりや境界線を感じて互いに誤解し合うでしょう。そんなものがつくりだす未来に、決して光はありません。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——変わりゆく芸術について

 芸術の定義は、この100年で劇的に変わり続けています。現在のグローバリゼーションの世界では、インターネットやソーシャル・メディアが古い形式から芸術を解放しています。これだけの可能性を持てる私たちはとても幸運です。社会が目まぐるしく変化し、古い形式ではあっという間に対応しきれなくなる世界では、芸術家たちも変わり続ける責任があります。世界中で起きている出来事や人間の葛藤に、感覚を研ぎ澄ます必要があるのです。

映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』より © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

——国際社会の責任について

 難民たちが私たちとなんら変わらない人々であるということを知ってもらうために、努力しなければいけないと感じています。難民はテロリストではなく、そういう考えがテロリスト的です。彼らは普通の人間に過ぎず、痛み、喜び、安心感や正義感は私たちのものとまったく変わりません。世界中のどの政権も共通して1つの目標を持つべきです。それは、人類を守るという目標です。政治家が基本的な価値観や人権を忘れてしまったら、様々な危機は起こり続けるでしょう。いまこそ、国際社会は難民問題にどのように取り組んでいくべきか、広範囲な議論を進めていくべきなのです。