岡本太郎賞 山本直樹《Miss Ileのみた風景》
今回、大賞となる岡本太郎賞を受賞したのは山本直樹のインスタレーション《Miss Ileのみた風景》(2017)。山本は1963年新潟県生まれ。91年に東京造形大学を卒業し、現在は京都嵯峨芸術大学で准教授を務めている。
本作は砂糖と光、センサー、音を使ったインスタレーション。タイトルにあるMiss Ile(ミスイル)はミサイルをもじった言葉であり、センサーが鑑賞者を察知すると、ジェット機の轟音と強い閃光が空間に出現するというもの。ガラスの壁面には、新聞記事から転用された文言がステンシルで書かれ、真っ白な床には角砂糖で東京の街並みが形成されている。
甘いものが大好きで、これまでもチョコレートや飴などを作品に取り込んできた山本。砂糖で構成された本作は、そんな一見甘く、きらびやかに見える空間を求めるMiss Ile(ミスイル)が飛来したとき、Miss Ile(ミスイル)はどのような風景を見るのか、というコンセプトに基づいてつくられた。
この甘い空間を囲むガラスの壁面には、「弱者排斥」「オスプレイ不時着」「Trump」などの言葉が並び、不穏な気持ちを掻き立てる。これについて山本は「なるべく客観的に、しかし明らかに今後に波及していくであろう言葉を選びました」と語る。輪郭線のぼやけた言葉の数々は、「これから社会はどうなってしまうんだろうという不安。とりとめもない、曖昧なかたち」の現れだ。
「感覚」「記憶」「社会」をテーマにした本作は、会期終了後にはその姿を消してしまう。「砂糖という、記憶として残る日常のものを使いながら、いかにかたちにするか。(会期が)終わったら作品はなくなりますが、砂糖は日々使うもの。砂糖を見たときに、この作品や、当時の自分の状況、あるいは社会状況を思い出してもらえれば」。
なお、本作は会期中の土日に観客も参加し、砂糖の街を一緒に構築することができる。これについて山本は「オリンピックで大規模開発が進む東京について、観客と語らいながら作品を進行させていきたい」とその狙いを語った。以下は審査を務めた和多利浩一の評。
ミサイルの爆音と閃光に観客は、一瞬何が起こっているか混乱した後に、作品の一部であることに気付く。角砂糖による街並み、砂糖によるガラス壁画とメッセージという構成だ。砂糖という素材で美術館の四角い外部空間での再構成された Miss Ile は若干ショーアップされすぎた感はあるが、壊れやすく、スイートな砂糖で都市を形成する点においても今日性と社会性で優れた作品となっている。土日は観客と都市が再構築して変化する点も魅力である。
岡本敏子賞 井原宏蕗《Cycling》
真っ黒で艶やかな動物たち。岡本敏子賞を受賞した井原宏蕗の《Cycling》に使われているのは、動物の糞だ。井原は1988年大阪府生まれ。2013年東京藝術大学大学院修了。「群馬青年ビエンナーレ2017」をはじめ、「トーキョワンダーウォール2016」「茨城県北芸術祭2016」「越後妻有トリエンナーレ2012」などへの参加実績がある。
「生物の生きた痕跡を作品化する」。これが本作の根底にあるもの。人間をはじめ、生物には切っても切り離せない排泄行為。しかし排泄物=糞は忌み嫌われる存在でもある。そんな糞を成形し、「漆」によってコーディングした本作は、目を背けたくなるような糞を、対極の存在ともいえる芸術へと転換した。以下は審査員の椹木野衣の評。
生き物にとって糞は絶対になくすことのできない命のあかしである。その点では口からとり入れてエネルギー源となる食物と一対の存在だ。にもかかわらず、糞は人間にとって不要なもの、汚れたものとして隠されてきた。けれども、動物にそのような価値観は似合わない。人が忌み嫌う糞を、作者は古来から人がことのほか愛でてきた漆でコーティングし、その持ち主へと「返す」ことで、本来あるべき生の「サイクル」を完結させ、優れた工芸品のように「転生」させてみる。たぐいまれな技術の産物だが、それに留まらず、人間の社会にとって消費とはなにか、そもそも生き物にとって消費など存在するのかなど、私たちにとってひどく身近だけれども、どこまでも遠い糞を通じて多くのことを考えさせる。
なお、本展ではこのほかに井上裕起、黒木重雄、あべゆかの3名が特別賞として選ばれた。会期中には来館者による人気投票も実施される。