シンガポールを拠点に活動するアーティスト、ホー・ツーニェンの個展「ホー・ツーニェン エージェントのA 」が東京都現代美術館で開催される。会期は2024年4月6日〜7月7日。
ホー・ツーニェンは1976年シンガポール生まれ。これまでに、東南アジアの歴史的な出来事、思想、個人または集団的な主体性や文化的アイデンティティに独自の視点から切り込む映像やヴィデオ・インスタレーションやパフォーマンスを制作してきた。既存の映像、映画、アーカイブ資料などから引用した素材を再編し、東南アジアの地政学を織りなす力学や歴史的言説の複層性を抽象的かつ想起的に描き出しており、これまでに世界各地の文化組織、ビエンナーレなどで展示され、演劇祭や映画祭でも取り上げられてきた。
国内では2015年に「他人の時間」(東京都現代美術館、2015)をはじめ、国際舞台芸術ミーティング in 横浜(2018、2020)やあいちトリエンナーレ2019(2019)、山口情報芸術センター[YCAM](2021)、豊田市美術館(2021)で新作を発表している。
本展では、ホーのこれまでの歴史的探求の軌跡を辿るべく、最初期の作品から6点の映像インスタレーション作品とともに、国内初公開となる最新作が展示される。おもな展示作品を以下にて簡単に紹介したい。
ホーが監督と脚本を務めたデビュー作《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》(2003)は、シンガポールという国名の由来「シンガプーラ(サンスクリット語でライオンのいる町)」とその地を命名したとされるサン・ニラ・ウタマに関する諸説を巡りながら、イギリス人植民地行政官スタンフォード・ラッフルズを建国者とする近代の建国物語を解体する。
3Dアニメーションを用いた《一頭あるいは数頭のトラ》(2017)は、トラを人間の祖先とする信仰や人虎にまつわる神 話をはじめ、19世紀にイギリス政府からの委任で入植していた測量士ジョージ・D・コールマンとトラとの遭遇や、第二次世界大戦中、イギリス軍を降伏させ「マレーのトラ」と呼ばれた軍人・山下奉文など、シンガポールの歴史における支配と被支配の関係が、姿を変え続けるトラと人間を介して語られる。
いくつもの映画の断片をつなげ、複数のイデオロギーに介在した謎多き人物を描くこともホーの作品の特徴だ。第二次世界大戦中、マラヤ共産党総書記を務めながら、イギリス、日本、フランスの三重スパイとして暗躍したライ・テックを取りあげた《名のない人》(2015)、マラヤ共産党とマラヤ危機について、党の機密情報にもとづいた文献を残した、ゴーストライターとも言われているジーン・Z・ハンラハンを描いた《名前》(2015)などが本展でも展示される。
さらに、こうした作品を生み出す基盤となるプロジェクトが、2012年から進行している《東南アジアの批評辞典》だ。幅広いソースから抽出された東南アジアに関連するAからZのキーワードとイメージが、アルゴリズムによって都度組み合わされる映像は、東南アジアというその呼び名が想起させる総体に抗う多層性、複数性を描き出す。
また、近年日本で制作した作品からは、山口情報芸術センター[YCAM]とのコラボレーション作品《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》(2021)を展示。VRと6面の映像で構成された本作では、西洋主義的近代の超克を唱え、大東亜共栄圏建設について考察した京都学派の哲学者たちの対話、テキスト、講演などが現出。VRでは、戦争の倫理性と国家のための死についての議論が行われた座談会から、西田幾多郎の「無」の概念を象徴する抽象的空間まで、京都学派の思想と哲学者たちの主観性を体現する空間に没入することができる。
最新作《T for Time》(邦題未定)(2023)では、ホーが引用しアニメーション化した映像の断片が、アルゴリズムによって、素粒子の時間から生命の寿命、宇宙における時間までを描き出すシークエンスに編成されるという。それらが喚起する意味や感覚、時間とは何か、そして時間の経験や想像に介在するものとは何かを問いかける。