2007年の発足以来、全国の大学院修士生から修士設計作品と論文を公募し、全国規模の展覧会を開催してきた「トウキョウ建築コレクション」。本企画は、建築の第一線で活躍する審査員ほか、オーディエンスまでを巻き込みながら、学生最後の作品を公に批評し、今日の建築像を浮き彫りにする試みだ。
第14回となった今年は、東京藝術大学大学院・中山英之研究室を修了予定の池上里佳子による《田中一村美術館 ー奄美を切り取る絵のない美術館ー》がグランプリを受賞。本作の展示が、東京・渋谷のギャラリーSta.で行われている(〜3月18日)。
タイトルにある田中一村(1908~77)といえば、それまでの日本画になかった亜熱帯の植物や鳥などを描き、独自の画境を切り拓いた日本画家。近年再び注目を集める一村を、もっとも好きな画家のひとりとして挙げる池上は、実際に奄美に足を運びリサーチ。そこでは、一村の絵画の魅力を伝えることに加え、一村が描いた奄美の風景を守っていくことの重要性にも気付いたという。この気付きを起点に、一村作品を通じて来館者により広い視座を与えられるような美術館を設計した。
レジャーが盛んな南国の島とされるいっぽうで、天気の変わりやすさから「気象の踊り場」と呼ばれ、 日照率は国内最低である一面も持つ奄美。一村は、後者の暗い奄美だけを切り取り、自身の表現とした。同じく池上も美術館を設計するうえで、「切り取る」ことをキーワードに、一村作品そのものの展示ではなく、建築に一村の作品の縦横比と同じ比率の開口を空け、一村の絵をもとに風景をフレーミングすることをひらめいた。一村が描いた奄美の植物を、ときに移植などしながらランドスケープを作成する本作は、フレーミングされた風景を観賞する「絵のない美術館」だ。
なお一村記念館は、現に島内の空港そばに存在するが、今回池上は、一村の絵画に描かれるモチーフや方角にもとづき、崎原海岸を敷地を設定。日没の方角なども参照しながら、フレーミングの場所と鑑賞地点を適切に並べる。これが実現されれば、自然も芸術も同じく価値のあるものだと鑑賞者に再認識させる美術館となるだろう。
画壇を離れ、身寄りのない奄美で孤独に絵を描き、静かに生涯を終えた田中一村というひとりの画家。現代を生きる気鋭の建築家が、一村が愛した奄美の風景を守ろうとしている。