「拡大するシュルレアリスム」(大阪中之島美術館)担当学芸員に聞く、シュルレアリスムの実相と展覧会に込めた思い

大阪・中之島の大阪中之島美術館で「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」が開催されている(3月8日まで)。無意識や夢に着目したシュルレアリスムは、我々が当たり前と思っている現実や合理的思考に揺さぶりをかけ、より高次の「超現実」を露呈させようと試みた。その後の芸術に大きな影響を与えたこの運動の全体像に迫る同展を担当した國井綾に、展覧会の意図やそこに込めた思いを聞いた。

聞き手・文=小吹隆文 撮影=原祥子

本展のメインビジュアルにも使用されたルネ・マグリット《王様の美術館》(1966、横浜美術館蔵)と、《レディ・メイドの花束》(1957、大阪中之島美術館蔵)

シュルレリスム100周年、ではない?

──まず、本展開催の意図についてお聞きします。アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発したのが1924年です。開幕年の2025年は100周年から1年ずれていますが、やはり節目のタイミングでシュルレアリスムを振り返ろうということですか。

國井綾(以下、國井) 普通はそう考えますよね。でも実際は必ずしも100周年を狙って企画したものではありません。シュルレアリスムは、日本では割としっかり検証されてきたので、いまシュルレアリスムの展覧会をやるのであれば、これまでと同じようなものをやっても仕方がない。ならば、従来行われてきたような美術史の中に組み込まれたシュルレアリスムだけでなく、広告やファッション、インテリアなど、日常生活への広がりまで含めて検証すれば、また新しい姿が見えるのではないか。そういう観点から企画しました。出展作品は国内の美術館が所蔵するシュルレアリスム作品や関連作品、資料など約160件で構成されており、代表的な作品はほぼ網羅されていると思います。

会場冒頭にはルネ・マグリット「アンケート」(『シュルレアリスム革命』誌12号、1929年12月15日、pp.65-76)のための挿図が拡大して展示されている
会場にはアンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』の初版本(1924、岡崎市美術博物館蔵)も

──100周年と無関係とは、意外でした。

國井 「結成何年」や「解散何年」という節目は展覧会の大義名分が立ちやすいですが、今回は期せずして周年を外した結果、より良い企画になったと思っています。

 周年の企画は、個展の場合はともかく、運動系のものはじつは思いのほか難しいのです。というのは、多くの美術館がそのタイミングで企画を立てるからです。例えば、今回ポスターなどのメインビジュアルで使用しているルネ・マグリットの《王様の美術館》は横浜美術館の所蔵品ですが、おそらく100周年のタイミングだったらお借りするのは難しかったでしょう。周年は代表的な作品ほど引く手あまたになりますし、所蔵する館で特集企画を設ける場合もあります。ですから、美術史上のメジャーな動向を扱う時は敢えて周年を外した方がいいのではないかと今回思いました。ただ、周年を外してもなんらかのイベントや企画と重なったら難しいわけで、そういう意味では幸運もあったと思います。

展示の冒頭は会場全体のハイライトのような構成となっている

──約100年前にシュルレアリスムが生まれた背景には、第一次世界大戦やフロイトの精神分析など、時代の影響が大きいですよね。

國井 いまの日本では戦争体験者が減っているので実感が湧かないかもしれませんが、第一次世界大戦時、従軍したシュルレアリストもいました。そういうときに彼らが思ったのは、人間が合理性を求めた、近代化した結果、世の中が良くなるだろうと思ったのに、戦争が起こってしまった。こんな凄惨な状況になったのに、人間が持っている合理性とか近代化に対する欲求は本当に合っているのか? これまで人間が主体性をもってやってきたことが本当に正しかったのか? 自分たちの主観に重きを置くことに意味があるのか? じゃあ主観を捨てればいい、というのがシュルレアリスムなんですよね。その前に起こったダダは「そんなの全部いらない」と壊したのですが、シュルレアリスムは壊すだけじゃなく、いままでとは違う切り口で人間の主体性なり合理的だと思ってきたことを一旦更にして、自分たちが持っている無意識の部分を浮かび上がらせればより良い世界がつくれるのではないかと考えたのです。

──そのあたりは意外と日本の美術ファンに伝わっていないのかもしれないですね。

國井 例えば「オブジェ」という表現も、主観性を排してものを見る、既成概念を捨てるというところから始まっているわけですが、現在は不気味さとか違和感の部分が面白がられる傾向があります。「なんかシュールだよね」という言葉を日常でもよく使いますよね。それはシュルレアリスムから見ると誤用ですが、すっかり浸透しているのでいまさら目くじらを立てても仕方がありません。本展をご覧いただくことで、本当はこうなんだよと気付いていただければ。

──昨今、国際状況が不安定化していますよね。100年前と同じとまでは言いませんが、きな臭い状況になってきているのは確かです。そのタイミングでシュルレアリスムを見つめ直すことにどういう意味があるのでしょうか。

國井 ちょっと答えがずれるかもしれませんが、結局、新しい美術の動向が生まれるときは、政治的な流れが変わるときなんですよね。社会に変革が起きそうなとき、いろんな手段で皆がその変化を乗り切ろうとする。そういう意味ではシュルレアリスムも戦争と連動して起こっているのです。戦争への反省はさておき、そういう切り口で見るのも興味深い点ではあると思います。

第3章「写真―変容するイメージ」より、左からピエール・ブーシェ《モロッコの風景のなかにコラージュされたヌード(アトラス山脈南部)》(1937、東京都写真美術館蔵)、ヘルベルト・バイヤー《セルフ・ポートレイト》(1932、東京都写真美術館蔵)、モーリス・タバール《無題(自写像のコラージュ)》(1930、東京都写真美術館蔵) ※いずれも前期展示

キーワードは「拡大」

──今回の展覧会名の最大の特徴は「拡大する」という部分ですよね。美術だけではなく、ファッション、デザイン、インテリアにまで踏み込んだシュルレアリスム展は、これまでになかったのですか。

國井 本展の装丁のコーナーのように、それらを部分的に取り上げたことはありましたが、ファッション、デザイン、インテリアをしっかり章立てして紹介する展覧会はなかったと思います。これは本展の新しい部分ですね。ヨーロッパでは地元の運動ということもあり、そうした分野の検証も進んでいますが、日本で紹介されることはあまりなかったのではないでしょうか。

シュルレアリストと交流のあったエルザ・スキャパレッリのイヴニング・ドレス「サーカス・コレクション」(1938、島根県石見美術館蔵)なども見どころ
第5章「ファッション―欲望の喚起」はスキャパレッリの作品が数多く並ぶ
スキャパレッリの香水瓶「スリーピング」(1938、ポーラ美術館蔵)

 また、今回はあえて日本のシュルレアリスムを外しています。日本にシュルレアリスムを紹介したのは瀧口修造であり、その後は澁澤龍彦がいます。瀧口は海外のシュルレアリストのアトリエに出向いて交流をもちましたが、彼らを日本に招くところまではいかなかった。また、瀧口の活動拠点は東京でしたが、関西では吉原治良などの作家が主に文献からシュルレアリスムを学ぶなど、ちょっと違った展開が見られました。その辺りの言及が中途半端になってしまうぐらいなら、海外の動向をきっちり検証しよう。今回はそのように考えました。

──展覧会の冒頭がマルセル・デュシャンだったことにも驚きました。デュシャンはニューヨーク・ダダという先入観があったもので。ほかにもイサム・ノグチ(テーブルのデザイン)やカッサンドル(雑誌の表紙デザイン)があり、ジャンルだけでなく作家選びという面でも「拡大するシュルレアリスム」が感じられました。

國井 実際、当時は多くの作家がいろいろな動向に少しずつ顔を突っ込んでいました。それこそヨーロッパのシュルレアリストたちが渡米して、彼らに学んだ作家たちが抽象表現主義をつくり出すなど、ダダもシュルレアリスムも抽象表現主義も繋がっているのです。ですから「この作家は○○派」という括りにあまり囚われなくてもいいのではないでしょうか。シュルレアリストのなかでも温度差があったりしますので、その辺りを深掘りしてターゲットを狭めていくよりは、運動が始まったときにどういうことを考え、その後どう広がっていったのか、正味の姿をお見せしようと注力しました。

 章立てについても同様で、最初はもっと抽象的な分け方をする案もありました。例えば「有機的形態」とか。でも、あんまりピンと来ない。もともとわかりにくいシュルレアリスムに抽象的な章立てをすると一層わかりにくくなるので、章立ては一目でわかるジャンル分けにして、疑問を挟む余地がないように心がけました。

第1章は「オブジェ―『客観』と『超現実』の関係」にはマルセル・デュシャンによる《折れた腕の前に》(1915/1964 [シュワルツ版 ed. 6/8]、京都国立近代美術館蔵)などが展示
第6章「インテリア―室内空間の変容」にはイサム・ノグチの家具なども

日本人とシュルレアリスム

──もうひとつ驚いたのは、本展が国内のコレクションだけで構成されていることです。日本の美術館はこんなにシュルレアリスムの作品が充実していたのかと。

國井 じつはびっくりするほどあるのです。これは国内各地に美術館がつくられた時期と関係があります。美術館を建設してコレクションを充実させていくときに、美術市場にシュルレアリスムの良品がたくさん残っていて、しかも手が届く金額だった。どこかの館が誰それの作品を収蔵すると、他館もそれに続けと購入するみたいな連鎖反応もあったと聞いています。そういう経緯もあって、日本の美術館に厚みのあるシュルレアリスムのコレクションが形成されました。

左から3つの作品、ジョン・アームストロング《復活祭の分析》(1940)は横浜美術館、ポール・デルヴォー《ヴィーナスの誕生》(1937)はポーラ美術館、ジョアン・ミロ《絵画》(1933)は豊田市美術館の所蔵

──もう少し精神的な部分といいますか、日本人の精神性とシュルレアリスムの相性的な部分はどうですか。

國井 具象的イメージを用いる作品が多いことが重要だったと思います。私自身、展示室で作品解説をしているときも、抽象よりも具象のほうがお客様の反応がいいと感じることが多々あります。シュルレアリスムは無意識の世界を扱っているので決してわかりやすい表現ではありませんが、それでも入口が具象であることで、すんなりと作品に入れるみたいです。ロジックで作品を理解したい人にとってもシュルレアリスムは挑みがいがあるようで、そういう方に論理的な説明をすると、とても納得されます。

 いっぽう、作家側に立って見ると、シュルレアリストは自分たちで新しい世界をつくろうとしたのですが、いま、芸術で世の中を変えようと思っている作家がどれくらいいるのだろうとも思います。やはり戦争ですべてが失われたタイミングだったからこそ、新しい何かがつくり出せるという流れができたのではないしょうか。

第4章「広告―『機能』する構成」の展示風景。手前はヘルベルト・ロイピンによるポスター「パンテーン:ビタミン配合最高級ヘアトニック」(1945、宇都宮美術館蔵)
カッサンドルが手がけた『ハーパース・バザー』表紙と、ダリによる版画集『黄道十二宮』(1967、大阪中之島美術館蔵)

──最後に、この展覧会でどういうことを観客に伝えたいのか、お聞かせください。

國井 先ほど述べたシュルレアリスムが様々な分野に拡大していく正味の姿を伝えるということと、二つの大戦の狭間の時期にこういう美術動向が起こり、世の中が変わっていったということが、シュルレアリスムを理解するうえで重要だと思っています。美術史だけで判断するのではなく、時代背景という大きな視点から把握してもらえば、シュルレアリスムの実像がより具体的に捉えられると思います。

編集部

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