──陶芸やガラス、漆芸など6名の作家が選出され、異分野のホストと協同で制作を行う「工芸コラボレーション1+1プロジェクト(以下、1+1)」開催の経緯をお聞かせください。
富山県は日本海側でもっとも工業が盛んな県であり、長く伝統工芸が受け継がれてきたと同時に、多くの中小企業も抱えています。例えば高岡では、鐘楼や仏具をつくる銅器産業や金物産業が盛んです。また、存命中だったころに画家の池田満寿夫さんが高岡にものづくりに来るなど、素材と技法を求めて富山県にやってくる作家も多いです。
素材となる金属や染織、漆、木、ガラス、紙などの資源も比較的豊かで、富山抜きではつくれないものが多く存在するのに、そのことについてはあまり知られていませんよね。それだけの地力をどうやって生かしていくかと考えたときに、試みとして「国際工芸アワードとやま(以下、アワード)」を展開することができるに違いないと思いました。特に拘ったのは全国の50歳以下の若手工芸作家にスポットを当てることでした。こうして、従来の富山県の工芸産業とのマッチングを行うことでイノベーションが生まれる、というイメージが湧いてきたのです。
その結果今回は、アサ佳(陶芸家)× 有限会社中村製作所、岸本耕平(ガラス作家)×株式会社杉本美装、野口健(漆芸家)×川原隆邦(川原製作所)、平戸香菜(鋳金作家)×本田真紀(本田造型)、福田笑子(バスケタリー作家)× 斉藤慎二(伝統漆工芸士)、吉井こころ(ガラス作家)×山下郁子(染織家)という6つのタッグが生まれました。
──工芸作家の表現力を発信すると同時に、産業を活性化することができるという発想ですね。
多くの企業は高い技術を持っているのですが、受注の仕事を続けているとものづくりのレベルは高く維持することができても、イノベーションはなかなか生まれませんよね。そういうときに若手の工芸作家が現場を見て気づくことがあったり、新たなものづくりの発想が生まれたりすれば刺激になるはずです。
いまの若手工芸作家には、徒弟制度に縛られずに様々なスタイルを吸収する自由な発想力を備えた方も多いですから、産業で育まれた技術と融合して富山の独自性を打ち出すことができるはずだと考えたのです。3Dプリンターを活用する作家も多いですし、実際に私も工芸の持続性を守りながら多くの人に工芸に触れてもらうためには、デジタル技術の活用も必要だという立場でしたので、彼らの力をぜひ借りたいと思いました。
──北陸3県では「GO FOR KOGEI」が一昨年から毎年秋に開催されていますし、「アワード」の成果もあわせて、工芸の地盤があることを打ち出す積極的な流れが生まれています。
継続が大事ですし、継続なしでは広がりませんよね。今回の「1+1」の展示は富山と東京の2会場で展示を行いましたが、これにより東京と富山のあいだで新たな交流が生まれます。「アワード」も入選者を発表して終わりではもったいないですから、入賞者にとって次の機会となる「1+1」が実現できたことは大きいです。
企業(工芸従事者含む)とのマッチングは、は、参加を希望された作家さんから選出した6名に、どういう企業と何をつくりたいのかヒアリングをすることから始めました。私は富山県総合デザインセンターの所長も務めていて県内の企業の事情も把握していましたので、その経験からマッチングを行いました。
──2022年7月から8月にかけて参加作家の募集と選考を行い、9月にマッチング、10月と11月の2ヶ月で制作というスピード感のフローで実施されていることに驚きました。
スケジュールがタイトで大変だったことは反省点としてありますが、短期間で素晴らしい作品が完成したと思っています。そして、今回はあくまでも、産業と工芸との持続可能な関係のスタートです。その意識が広く共有されたという意味では成功だったのではないでしょうか。この先に目指すのは、こうした工芸作品が人々の手にとってもらえるような、日本文化がもつ価値や成熟度を高めることです。
「1+1」の展示には、予想以上に多くの方に来ていただけて、若い学生さんからご年配まで幅広い年齢層の方に展示をご覧いただけました。例えば、陶芸家のアサ佳さんが銅器製作の中村製作所さんと制作したペンダントライトなどは、購入したいという方が何人もいらっしゃいましたし、新たな層にも魅力が伝わっていることが実感できました。
──実際に商品化の予定もされているのでしょうか。
もちろん、商品化の検討を行ってはいますが、課題もあります。工芸作家が制作できる量には限度がありますから、生産数や生産期間、制作費も含めて、どのようにマーケットをつくっていくことができるかは精査しなければいけません。
──先ほどおっしゃっていた3Dプリンターを始めとする新技術の可能性への着目は、マーケットを見据えるという側面を持っているのですね。
純粋にゼロから手仕事でつくる伝統技術の継承も大切ですし、そういった工芸が守られていく必要はあります。しかし、3Dプリンターなどで5割か6割までの土台部分を製造し、そこから先を作家の手仕事で行うことも可能だと思うんですね。実際に台湾や中国では、工芸の機械化が進んでいますから、日本の工芸においても、純粋な手作業による伝統的なものとともに、部分的にデジタル技術を用いたもの、機械で大量生産されたもの、という3段階ほどで展開する可能性も考えるべきだと思っています。
──富山県は資源が豊富で、伝統工芸の技術もありますから、きちんとその哲学を受け継ぎイノベーションが起こる場をつくるという、具体的な戦略のスタート地点として「1+1」が機能したということですね。
「1+1」に際してのトークセッションで、選考委員長の青柳正規さん(多摩美術大学理事長、東京大学名誉教授、元文化庁長官)が話していましたが、「守破離」の考えが重要だと参加者が共有できたことは大きいと思っています。伝統技術を学ぶ「守」、それを若い工芸家たちが破っていく「破」、そしてそこから離れてオリジナリティを紡ぎ上げる「離」が重要ということです。伝統工芸の技術や精神というのは、この「守破離」の積み重ねによって受け継がれてきたものですよね。参加作家の皆さんは、自ら動き、自ら語れるアクティブな方々でしたから、今回のことをきっかけに横の連携も生まれて、新たな広がりが起こる予感が溢れていますね。
──今回発表された作品について、どのような可能性を感じることができたか聞かせていただけますでしょうか。
まず漆芸家の野口健さんと和紙の川原製作所さんの組み合わせには可能性を感じましたね。まだ、かたちになるところまでは行っていないのですが、今後、受け継いだ技術をどう展開していけるのかが楽しみです。野口さんからは新しいステージを目指す姿勢を強く感じますし、そこに可能性があります。乾漆の技術の高さをベースに、作品サイズの拡大や異素材との組み合わせなど、新たな地平を目指していますよね。
──「守破離」を実践する姿勢が感じられたということですね。
野口さんに限らず、6名全員からその姿勢は感じられました。例えば、福田笑子さん作品がつくる陰影が独特の心地よさを感じるんですよね。ここからの展開を楽しみにしたいですね。
また、ガラス作家の吉井こころさんは海外にいる期間もあったので、ホストとなった染織家の山下郁子さんとリモートでやりとりを重ね、実質的に2週間の制作期間で作品つくりあげたことに驚きました。
実験と制作を続ければ、いままでにない作品が生まれる可能性が溢れていて、どれも気になる作品でしたね。
──今後、新たな表現の広がりが生まれる可能性を感じられるコラボレーションだったのですね。
作品がただ展示されて終わるのではなく、完成した作品から次の展開へと広げたいと思っていましたが、いずれのコラボレーションにもその可能性を感じました。作家の表現という点が、企業とのコラボレーションによって面になり、活動を広げていくはずです。
──「1+1」の今後の展開はどのように予定されているのでしょうか。
今後の持続可能な工芸と産業を目指すスタートのプロジェクトとして、大きな可能性を感じることができました。いま、いかに継続的に事業として実施していけるのか、方法を話し合っているところです。いずれにせよ「1+1」で得た収穫は大変大きかったので、ここで生まれた可能性をさらに推進していきたいと考えています。