四代 田辺竹雲斎とグッチ並木。伝統の革新が生み出す未来のかたち

4月29日に1周年を迎えたグッチのフラッグシップショップ「グッチ並木」。クリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレのクリエイティブ・ヴィジョンを体現する拠点であるこの店内に、四代 田辺竹雲斎による巨大なインスタレーションが出現した。このダイナミックかつ有機的な作品を生み出した「教え」とは。四代 田辺竹雲斎に話を聞いた。

聞き手・文・撮影=中島良平

四代 田辺竹雲斎、グッチ並木にて

伝統の革新

──四代 田辺竹雲斎さんは、工芸のジャンルにとどまらない竹による表現で世界的に注目を集めていらっしゃいます。いっぽう、グッチを象徴する「バンブー」は、戦時中の物資不足のなか竹をハンドバッグのハンドルに使ったことが始まりだそう。竹によってつながる両者の共鳴から生み出された今回のインスタレーションはどのような構想から始まったのでしょうか?

田辺 「グッチ並木」はグッチのなかでもっともラグジュアリーな店舗です。今回は、そのなかでも象徴的な螺旋階段という場所を展示空間としていただきました。昨年、東京・天王洲でエキシビション「Gucci Garden Archetypes(グッチ ガーデン アーキタイプ)」展(B&CHALL・EHALL)を拝見したのですが、歴史と伝統を守りながら挑戦していくグッチのクリエイティビティに、強い感銘を受けました。この「竹雲斎」という名も昨年で120周年を迎えたということもあり、「伝統の革新」をテーマに作品をつくれないかと考えたのです。グッチは100年の歴史あるブランドですが、が、その次の一歩となる未来を白竹で、これまでの歴史を黒竹で表現しようと。作品が設置された螺旋階段の周囲には鏡があり、作品が映り込みます。それによって視覚的な変化をもたらすと同時に、「アート」「ファッション」「自然」という3つのエネルギーの融合というテーマも表現しました。

グッチ並木にて、四代 田辺竹雲斎のインスタレーション展示風景(部分)
グッチ並木にて、四代 田辺竹雲斎のインスタレーション展示風景(部分)

──制作はどのように行いましたか。

田辺 テーマを決めてからまずはスケッチを描き、イメージとコンセプトをつくりました。ただイメージはあくまでイメージ。インスタレーションは空間表現なので、現場で変わっていきますし、それがいちばんの面白さですよね。グッチ並木のスタッフの方々と対話することでイメージも湧くし、それによって実際に作品も変わっていきました。グッチ並木は随所に「竹」を感じさせるデザインが施されているので、知らず知らずのうちに作品が融合してくれましたね。

──インスタレーション制作はお弟子さんたちとともに行われました。どのように考えを共有しているのでしょうか?

田辺 私の作品をみんなでつくるので、私の方向性を理解してもらう必要があるのですが、日常的な対話を通してそれを可能にし、人間的にも密接な関わりを持つことができています。交響曲は、人と人が共鳴したときに足し算ではなくかけ算になりますよね。アートもそうで、相手の音を聞くことですばらしいハーモニー(作品)を生み出せる。またジャズのセッション的な要素もあって、弟子の動きに合わせていくことで偶然面白くなることもあります。工房制にしているのは、みんながアイデアを出すことで刺激し合い、技術も飛躍的に発展するからです。

 工芸は作品に入り込んで、すべてひとりで完結しますが、インスタレーションは共につくるので、すべて自分が思うようにはいきません。でもそこが面白いんです。

グッチ並木にて、四代 田辺竹雲斎のインスタレーション展示風景(部分)

「守・破・離」の教え

──アートと工芸の区別あるいは融合については、どうお考えですか?

田辺 父は竹工芸、母は漆工芸家に生まれたので、やはり私の根本には工芸があり、思想の根本には「守(しゅ)・破(は)・離(り)」という教えがあります。まずは四代目の田辺竹雲斎として日本の伝統を継承し、次の代につなげないといけない。いっぽうで、伝統は同じことの繰り返しでは廃れてしまうので、革新も必要です。和歌『利休道歌』にも「破るとも離るるとても本を忘れるな」という言葉がありますが、できるだけ伝統から離れながらも、初代から受け継ぐ技法や、土・自然に感謝するという精神性を大事にすることで、アイデンティティをつねに保つことが大切なのです。私が世界基準の現代アートや、NFT(非代替性トークン)、自動車、建築とのコラボレーションに取り組んでいるのはそのためです。これらは工芸家のイメージからは離れているものですが、日本独自の様々な「道(どう)」や、竹雲斎が代々守ってきたもののなかで離れたり戻ったりを繰り返すことで、竹のさらなる可能性が広がっていくのです。

グッチ並木にて、四代 田辺竹雲斎のインスタレーション展示風景(部分)

──今回のグッチとのコラボレーションから、ひとりの工芸作家として、ご自身が得たものはなんですか?

田辺 私は様々な国でインスタレーションを展開しているのですが、日本人として何をつくるべきなのか、工芸家として何をすべきなのか、多角的な判断基準が生まれるようになりました。「離」れることで「守」の意味がわかる。守るだけだと井の中の蛙になってしまうし、あまりにも離れると伝統がなくなってしまう。グッチは100年の歴史のなかで戦争などの苦境を乗り越えながら、ブランドを世界中に発信しています。そこから学ぶべきことはたくさんありましたね。イタリアの企業だからかもしれませんが、非常にコンセプチュアルです。思想や哲学が明確で、トップになる理由がそこにあるんだなと感じます。

グッチ並木にて、四代田辺竹雲斎のインスタレーション展示風景。作品は、螺旋階段を通じて上階の天井まで高く伸びている

──田辺さんのインスタレーションは展示期間が終われば素材が再利用されるなど、自然への配慮も「未来」へのバトンタッチと言えますね。

田辺 竹という自然素材を使い、次代までつなぐことが大切です。展覧会が終わると大量の廃棄物が出ることもあると思いますが、せっかく竹を使っているのならば循環させたい。展覧会を終え、現地の人と一緒にひごを解くことによって、自然を大切にする考えをリレーのように伝えることができます。それが持続可能なアート活動につながるのだと思います。じつは白竹を使うインスタレーションの創作は今回が初めてでした。このグッチ並木から、また新たな未来への循環を生むことができるのです。

四代 田辺竹雲斎、グッチ並木にて

編集部

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