「当たり前」を伝える
——千賀さんと時吉さんは、ともに第16回「1_WALL」で写真部門とグラフィック部門のグランプリを受賞され、個展も開催しています。そこで、まずはお二人それぞれの作品についてお聞きしたいのですが、千賀さんはどのようなテーマで制作されていますか?
千賀健史 ぼくは「ドキュメンタリー」と呼ばれる手法を使って、身近な人の悩みから話を掘り下げてゆき、誰かがそれについて話し合うきっかけになるような作品をつくっています。いまはガーディアン・ガーデンでの受賞者個展「Suppressed Voice」が終わったところで、次の制作のテーマとして「自殺の模倣性」について考えています。日本各地で起きている自殺に対して、模倣性がどのように影響を及ぼしているか、メディアや情報がどれだけ人の行動に影響を与えているのかを調べています。
——なぜそのことを調べようと思ったのですか?
千賀 もともと、ぼくの友達に自殺してしまった人がいたんです。彼はなぜそんなことをしたのか、誰にも話さずにある日突然死んでしまいました。おそらく、ずっと抱えていた悩みを誰にも共有せずに一人で悶々と悩んだ結果「これしかない」と思い込んでしまったんだと思います。そして、そういう人が世の中にはたくさんいると思うんです。自身の経験に照らし合わせても、友人が悩んでいたことを誰にも言わなかったのは「言えなかったから」だったんじゃないかと思います。だから、鬱病なら「鬱病です」と当たり前に言えることができるように、身近なところから変えていきたいと思っています。
——なんらかの「当たり前」を伝えるためには、その「伝え方」自体から考えざるをえないところがありますよね。
千賀 今回の制作は、とくに「自殺」というところから悲惨さや鬱々としたイメージを持たれることが多いんですが、作品にフィクション要素を盛り込むことによって、現実と虚構をない混ぜにしてちょうどいいバランスを取ろうと気を付けています。
千賀 例えば《Bird, Night, and then》という作品では、ある話があたかもひとりの少年の話のように出てくるんですが、実際にはひとりの話でなく複数人から聞いた話をひとつにまとめたものになっていたり、写真も一枚だけフェイクで演出を入れた写真を混ぜたりしています。また、彼自身には「演じろ」ということは一切言わず、日常で自然と撮れるもののなかに、一部演出を織り交ぜて撮ったりもしました。
「ほぼ感」に助けられてきた
——いっぽう、時吉さんの制作テーマはどのようなものでしょうか?
時吉あきな もともと大学ではイラストレーションコースに在籍していて、立体作品はつくらずにアニメーションやコラージュやドローイングを制作していました。でも、だんだん既存の技法でつくることへの既視感を覚えるようになっていって、もっと「入り込めるもの」がつくりたいと思うようになっていきました。それで卒業制作では、自分が住んでいたアパートを一室まるまる立体にしようと考えたんです。そのとき、自分が見た風景としてつくるのではなく、実家で飼っていた犬から見える風景としてつくるということにしました。もちろん100パーセント再現することは目指さず、「ほぼ」再現することを目標にしてそれを「ほぼイラストレーション」と呼ぶことにしました。
——「ほぼ」というのは面白い言葉ですね。
時吉 いままで私はこの「ほぼ感」に助けられてきたところがあったんですが、第16回グラフィック「1_WALL」展のときは、それをうまくコントロールできなかったんです。もともと平面をやっていたので立体が苦手で、立体物をつくるときには苦労することで自然と「ほぼ感」ができてしまっていたんですよ。でも最近はその感覚も操れるようになってきてしまいました。
——どうやってその「ほぼ感」を維持していますか?
時吉 素材になる写真はすべてスマートフォンで撮っています。私にとって、スマホがいちばん身近なカメラなのと、「撮るぞ!」と身構えなくても自然と写真を撮れる気軽さが、私の作品には合っているし必要だと思っています。私、犬をつくるとなったらいろんな角度から写真を撮るんですけど、いままではちゃんと撮ってたんです。顔は顔、身体は身体みたいに。でもだんだん技術が上がってきているから、そのぶん写真を雑に撮るようにしています。だからブレているパーツの写真があったり、うまく撮れていないものもあるんですけど、それをあえて使っています。最初に動物をつくろうと思ったのは、自分がうまくつくれないものをつくるとどんな風になるのか関心があって、たとえば静止している家具なら思い通りに撮れるけど、動く動物ならうまく写真に撮れない。それに従おうと思ったんです。
——そう考えると犬は絶妙ですね。例えば昆虫とかだとまったく思考が読めないけど、犬だったら半分くらいはわかる。
時吉 生まれた時からずっと家には犬がいたので、いちばん身近な生き物でした。いろんな犬を飼っていくなかで、それぞれ形態が違うのに全部犬なの?っていう疑問がずっとありました(笑)。でもそこが気に入っています!
展覧会が初めてでも大丈夫
——そもそも、お2人が「1_WALL」に応募しようと思った理由はなんだったのでしょうか?
時吉 私は大学を卒業してすぐにドイツに行こうと思って、ドイツの美大を受験したんです。でも入学審査に落ちてしまって、どうしようかなと思っていたんですね。もしこれから日本で活動するなら、まずは個展をやりたいと思ったので(グランプリに個展開催権が与えられる)「1_WALL」がいいなって思いました。あとは動物をつくりたいと思っていたので、「1_WALL」にちなんで《ワンオール》という作品をつくりました(笑)。
──そして個展タイトルは「ナンバーワン」に(笑)。
時吉 恥ずかしいですね(笑)。
千賀 (笑)。ぼくはもともとコンペへの応募にはあまり興味がなくて、とにかくつくることしか頭にありませんでした。それに作品がドキュメンタリーなので、なんとなく系統が違うかなとも。でも、実際に出してみるとそんなことありませんでしたね。
——「1_WALL」は公開審査が特徴ですが、これについてはいかがでしたか?
千賀 自分の作品について説明する機会が審査中も展示中も含めてかなり多く、人前でプレゼンするうちに自分でも発見があって、とてもいい機会になりましたよ。
——千賀さんの作品はディスカッションとともに活きてくるところがあるので、そういう機会はありがたいですね。
千賀 そうですね。ぼくは本をつくっていたこともあるのですが、本はいろんな人に届けられていつでもどこでもそれが見られる反面、レスポンスはなかなか返ってきません。だけど、展示ではそういうものが直に返ってくるのでよかったですね。
——時吉さんは展示を通して得られたものはありましたか?
時吉 銀座という土地柄もあるのかもしれませんが、普通のギャラリーなら来ることのない、子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、いろんな人が展覧会に来てくれて面白かったです。
——「1_WALL」への応募を考えている方に、何かアドバイスがありましたら教えてください。
時吉 みんな応募したほうがいいと思います。私は大学を卒業して、作家活動をしたいと思ってもどうしたらいいのかわからなかったんです。友達はみんな就職して、全然関係ない仕事に就いた人もたくさんいる。仕事しながら作品をつくるという人もいましたが、私は就職したらやらなくなると思ったから、どうやって日本で活動していけばいいのか全然わかりませんでした。そういう相談にも「1_WALL」は乗ってくれるんです。個展をしたことがない人でも、「こういう順番でやるんだよ」とか教えてくれて、スケジュールを出してくれて、なんならメールの返し方まで……。サポートがすごいんです。ちゃんと一線で活躍している人に自分の作品を見てもらえるし、展覧会がどうやってできていくのかもわかるので、とりあえずみんな応募したらいいと思います。
——そういう点は他のコンペと大きく異なりますね。
時吉 全然違うと思います。出して終わりじゃなくて、ちゃんと最後まで、なんならその後もサポートしてくれます。
——千賀さんはいかがですか?
千賀 いろんなコンペがありますが、「1_WALL」とは違って、審査過程を見せないコンペがほとんどだし、そうなるとなんでダメだったのかもわからないままモヤモヤとしてしまいます。「1_WALL」では二次審査で直接審査員と話もできるし、公開審査もあって、その全部を見せているのがすごくいいなと思います。
——「育てよう」という意識がとても高いのですね。
千賀 写真って簡単に撮れちゃうじゃないですか。でも自分が何を撮っているのか、なんのために撮っているのか、そこに意識が向いている人にはとくにいいんじゃないかと思います。なんとなく撮っているだけだと躓いちゃうかもしれませんが、そういうことを考えたいのであればいいきっかけになると思いますね。