2022.2.28

【DIALOGUE for ART vol. 2】アーティスト同士だからこそ話せる、制作の細部や心の葛藤がある

「OIL by 美術手帖」がお送りする、アーティスト対談企画。今回は、Kotaro Yamadaと中西伶が登場。陶や金属など様々な素材を用いて立体をつくるYamadaと、グラフィックをはじめ多彩な手法を駆使して平面を築き上げる中西。数年にわたって交流を深め、創作上の悩みを吐露し合うほど気心の知れたふたりに、Yamadaのアトリエで対話してもらった。

文=山内宏泰 撮影=嶌村吉祥丸

アトリエでのKotaro Yamada(左)と中西伶(右)
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生活が充実しないと、制作もうまくいかない

中西 Kotaroさんのこのアトリエにはたびたびお邪魔してますけど、都内に制作拠点があるってやっぱりいいですね。

Yamada 僕は街に身を置いて、ある程度の刺激や情報に接しているほうが、落ち着くタイプだから。ただやっぱり都内だとどうしても狭くなる。それは難点かな。とくに僕は彫刻をやっているので、本当は広いスペースが必要なんだけど。怖いんですよね、自分でも気づかないうちに作品のスケールを限定してしまって、こじんまりとしたものばかりつくるようになってしまうのが。倉庫を改造したような大きいスペースに憧れるけど、都内じゃまず無理だし。その点では、伶くんの制作環境がうらやましくてしょうがない。

Yamadaのアトリエの様子。Yamadaが好んで集めてしまうというアメコミのおもちゃや、モチーフによく登場するスカルも

中西 たしかに広さでいえば恵まれてます。僕のアトリエは静岡県にあって、富士山とまわりの自然もあって。環境は作品にも影響しますね。いまの場所に移ってから、より制約なく自由に絵を描けるようになったと思う。

静岡県にある中西のアトリエでの制作風景。©TOKYO CITY LIGHTS ©Rei Nakanishi ©GOLD WOOD ART WORKS

Yamada コロナ禍になってからとくにそうだけど、アーティストは都心に拠点を構える人と、地方に向かう人に大きく分かれてきたと思う。伶くんのところは遊びに行かせてもらったことがあるんだけど、こんなところで制作できるなんて夢のようだと思った。これまで制作の場をかなり転々と変えてきている印象だけど、それは何か理由があるんですか?

中西 もともと地方に住んでいたのが東京に出てきて、次にニューヨークで山口歴さんのアシスタントを経験し、また東京に戻り、そしていまの静岡ですからね。静岡に移ったのは、都内で制作していて「内向きの自分」と「外向きの自分」のバランスがうまく取れなくなってきたから。

 展示を重ねるうちに作品をいろいろな人に見てもらえるようになってきて、それはうれしいことなんだけど、作品がひとり歩きしていってしまう感覚が少し怖い気もした。このままだと、今度は僕自身が自分をコントロールできなくなりかねない。それはまずいと思って、半ばみずから引き篭もった感じかな。意図的にひとりの時間をつくって、状況と自分のバランスを取ろうとしたというか。

Yamada 僕はそこまで思い切った行動ができないけど、気持ちはわかります。自分の心身のコンディションとか生活全体が充実していないと、制作もうまくいかないものだなと思うしね。どう生きるか、どういう生活を送るかが、アーティストには重要なんじゃないかな。

中西 そうですね。あとは場を変えることで、自分を衝き動かす何かを得たいという思いもある。僕は現代の日本を生きるただの男性で、戦争経験もなければ苛烈な生存競争にさらされる体験もしていない。そういう特別なものを抱えていることだけが大事なわけじゃないのはわかっているけど、積極的に他の人とは違う環境に身を置くことで得るインスピレーションもあるような気がしています。作品をつくるために自分の人生を捧げても良いと思っていて、それでせめて環境を変えたりと、自分からあれこれ動いてみたくなる。静岡に来て自分が生まれ変わった、とまでは言えないけど、少なくとも前より視野が広くなって、いろんな方面に関心が向くようにはなったかな。

Yamadaのアトリエでの中西伶

平面と立体では、視点の置きどころがぜんぜん違う

Yamada この前は彫刻をやってみたくなったと言ってたね。たしかにあれだけアトリエが広かったら存分にできるからいいなあ。伶くんのつくる映像も観てみたい。

中西 ずっとやってきたペインティングで、しっかり軸ができたと自分で感じられたら、他の表現方法にもぜひ挑戦していきたい。そういえば、Kotaroさんは最近、ペインティングやりたいって言ってましたね?

Yamada そう、やってみたい。憧れがあります。じつは、小さいころから絵に対する苦手意識が強かったんです。3、4歳のときお絵描きしていたら、周りに自分よりうまい子がたくさんいて、それに気づいたとたん恥ずかしくて描けなくなってしまった。それでずっと粘土ばかりいじるようになって。僕は東京藝大を目指して四浪していたんだけど、日本の受験はデッサン重視だから僕には苦手分野で、なかなか評価してもらえなかったというのもある。とにかくこれまで絵を描くことは避けてきたわけだけど、最近ようやく、上手いとか下手とかそういう問題じゃないよなという当たり前のことに気づいて、そうしたら描くことに急に興味が湧いてきた。

アトリエでのKotaro Yamada

 改めて絵画に目を向けてみると、ひとつ不思議に思えるのは、ペインティングってどこから作品になるんだろうということ。描き始めるのはけっこう容易にできるじゃないですか。それが「この段階からは作品だ」となる基準はあるのか。いくら描き込んでも「これは作品とはいえない」ということもあるのか。どうジャッジしてる?

中西 僕の場合、自分なりの基準はあります。なんというか、完成に達したもの特有のバランス感覚みたいなものを得られたら、それでオーケーとなる。画面に空白があったり描き残しがあっても、不思議な緊張感に満ちているときはあって、それはもうバランスがとれて完成している状態なんだと思う。ペインティングの完成というのは、僕の場合、四角い枠の中におけるバランス感覚にかかっていると言えるのかな。

中西伶《flower of life no.99》(2021)

Yamada 四角い枠の中でのバランス、というのはすごくおもしろい。彫刻だと、空間との関係性が大事になると思うんだよね。何もないところにいきなり物体を存在させてしまうのが彫刻だから、それがどこにどう置かれるかは思いのほか重要です。ある角度から見るといいけど、別の角度からだとよくないということもあるし。ぐるり360度のことをすべて考えないといけない。

中西 視点を無数に持って、どこからも隙なく成立させなければいけないわけですか。それはかなり集中力を要することですよね、すごい。ペインティングは正面からのひとつの視点に絞って、完成度を高めていく感覚だから、ずいぶん違いますね。

 僕は最近、キャンバスに描いた作品の縁の処理についてこだわって考えるようになって、ああこれは立体的な感性を働かせないといけないのかもしれないと気づいた。縁のことを考えると、平面だけじゃなくてすこし立体的な物質として作品が立ち上がってきて、とたんにやることや考慮すべきことが増えるんですよね。

Yamada 伶くんの作品って、もともと平面という感じがあまりしない。厚みやボリュームを感じさせて触覚的だし、レリーフっぽい印象です。平面と立体のどちらの要素も備えているというか、絵画とか彫刻とかに分化する前の根源的な状態を思わせるというか。

中西 ああ、それはうれしい。触りたくなる、とはよく言われますけどね。

「今後、ペインティングだけでなく幅広い作品展開も考えたい」と話す中西

Yamada 僕らは手法やアプローチがけっこう違うから、話していると自分じゃ気づけない視点が得られておもしろい。

中西 おたがい制作にのめり込むタイプなので、「俺の作品どう見えるのかな?」とすこし客観的な見方や意見を切に欲しているところもあります。それでそれぞれの作品の見方や考えをすごく知りたがる。だからいつも今日みたいに、アートや制作について延々と話していることが多いですよね。

Yamada 山口歴さんのつながりから初めて会ったのが5年ほど前かな。それ以来、アートのことを話しまくってきましたね。アーティスト同士で共通する悩みも多いし、なにより伶くんは思ったことをズバリと言ってくれるから助かるんです。遠慮なくディスカッションできる場や相手ってなかなか得られないものだから。僕は大学にも通ったけど、自由にアートに関する意見をぶつけ合うことってそれほど多くなくて。

 最近も伶くんに指摘してもらいました。僕は宗教関連のモチーフを扱うことが多いけど、それが必ずしも重要というわけではないんじゃないか、場合によってはそれをやめて違うモチーフに移ったっていいんじゃないかと。

Kotaro Yamada《FATIMA》(2021)

 そのあと深く考えさせられたな。アーティストだからこそわかる葛藤を、うまく突いてくれた気がしてうれしかった。というのもアーティストは、自分の作風がすこしでも世の中に定着してくると、そこから離れるのがなかなか難しいじゃないですか。だって最初は、「これが僕です」っていうアイコン的なイメージをつくるために頑張るわけだからね。それでようやく認知してもらえたかと思うと、今度はそのイメージがしがらみみたいになって、抜けられなくなっていく。同じことばかりしていては変化も成長もない気がするし、でも求められるのは「前と同じイメージ」だし、どうすればいい?って混乱するわけですよ。伶くんはそのあたりどう考えてる?他人の目はあまり気にならない?

中西 過去の作品を見て気に入ってもらえて、「あれと同じものを」とお声がけいただくことはあります。印象に残る作品があることはもちろんありがたいんですけど、自分としてはできる限り前に進んでいきたいというのが本音です。すくなくとも自分から自分の過去に縛られたりすることはやめよう、とは思ってますね。できるかぎり、何をやってもいい自由なスタンスは保っておきたい。

Yamada 自分がよく使う素材や手法やモチーフはたしかにあるとしても、何を使うかはあくまでも自分で選択・決定できる状態にしておきたいところだよね。そうやって自分で自由に決めてきたから、僕は用いる素材や手法がどんどん増えていってしまうんだけど。

Yamadaは意見交流の重要さを感じ「いつかアーティストたちが集まる工房をつくりたい」と今後の展望も語る

情報に振り回されないためにも、知識を得ておきたい

中西 Kotaroさんはコロナ禍の影響で、また新しいやり方が加わりましたよね?

Yamada そう、家に篭っている時期に3Dソフトを勧められて、画面上で造形することを始めてみたら、手で粘土をこねるのとかなり感覚が近くておもしろかった。3Dプリンターで出力してみて、それを見ながらスケールを変えて作品に仕上げるやり方が加わりました。これだといろんな形態を出力できるから、作品の幅もぐっと広がる。ただ、そこは自分の弱点でもあるんだけど、技術的にあれこれできてしまうと、手法に耽溺してしまって、気づけば根本的につくりたかったものから離れているということが起こりかねない。

中西 なるほど。でも僕はKotaroさんのその手法にどっぷりハマっていくやり方が、Kotaroさんらしくておもしろいと思っているんです。テクスチャーにこだわりまくって、質感をなんとかコントロールしようと試行錯誤して、その過程をすごく楽しんでいるのが作品から伝わってくるんですよ。手法でとことん「遊ぶ」ための土台とするために、モチーフは偶像やスカルといった普遍的なものにこだわっている面もあるんじゃないですか?

Yamada それはそうかもしれない。モチーフに個人的なものはあまり入れ込んだりしないよね。その点は伶くんも同じなんじゃない?

中西 そう、私小説的な、個人の思い出をモチーフにすることは避けていますね。作品が発する「意味」は自分のなかから出てきたものではないほうが、作品が外側に向けて開いていく気がするから。常にもっと大きいものに向かっていきたいと思って制作しています。そこはKotaroさんも同じなんじゃないかな。

Yamada たしかにそのモチーフを気に入って好きでつくってはいるんだけど、そこに極端な思い入れやこだわりがあるかといえば、そういうことはない。よく用いているマリア像もスカルも、いまは使っているけれど、なんらかの事情で使用を禁じられたとしても、別にどうしようもなく困るわけではないね。

中西 そういう割り切りがあるから、手法のほうに重きを置いてのめり込んでいけるんじゃないですか。僕らにとって制作手法は、手段でもあり目的でもある。自分のやりたいことが手法と一体化している。

Yamadaの立体作品と中西の平面作品。改めて手法やアプローチの違いを感じながら対談は進んだ

Yamada いまの時代、手法もどんどん新しいのが出てくるから、自分のやり方を選び取るだけでもたいへんだけどね。NFTなんかも含めて、つくり方、発表のしかた、発信方法、売り方は膨らむいっぽうで。

中西 情報を追いかけすぎていると、自分の外側のことに振り回されちゃいますよね。まずは自分のなかに基準を持つことが、ますます重要になっていると思う。僕のなかの動機とNFTが一致すれば、それはやってみればいいのかなと。だから振り回されないためにも、情報や知識をちゃんと知っておくようにと心がけています。

Yamada そうですね。アートの歴史やルールも含めて、最低限のことは知ったうえで活動したほうがいい。そこへいくと僕ら、コロナ禍で家にいる時間が増えた分、いっしょにアートの勉強を始めて続けているじゃないですか。

中西 そうなんです、美術の歴史について、同じ本を読んで話しあったり。

Yamada アートの歴史や評価軸については、そういうものに振り回されたくはないけれど、いや振り回されないためにも、理解しておいたほうがいいですから。

 たがいをリスペクトする気持ちと、ちょっぴりのライバル心が垣間見える、ふたりの対話だった。高め合う存在が身近にいるという最良の環境に身を置くアーティストの作品が、これからぐんぐんスケールアップしていくことは間違いなさそうだ。

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