神話世界から現代のファッションまで、「紡ぐ」行為でいまを表現する。清川あさみインタビュー

銀座 蔦屋書店GINZA ATRIUMで個展「TOKYO MONSTER, reloaded」がスタートする清川あさみ。ファッション表現をテーマに、その背後に潜む願望や虚栄心の表れを「モンスター」になぞらえたシリーズの新作を手がけた経緯とは?

文・写真=中島良平

清川あさみ

──今回発表されるのは新作の「TOKYO MONSTER(2020-)」ですが、「TOKYO MONSTER」が最初に発表されたのは2014年です。まず、2014年版についてお聞かせいただけますか。

 生まれ育った淡路島から1990年代に東京に来たのですが、そのときに多くの人がファッションで自分をオブジェ化して飾り、東京の街を彷徨っているような強い印象を受けたんですね。多様な個性が街にあふれているような。そういう多様な精神をキャラクターにして表現したいと思い、90年代のストリートスナップに刺繍をして90年代のイメージを改めてつくり発表したのが最初の「TOKYO MONSTER」です。

「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より

──「TOKYO MONSTER(2020-)」は最近のSNSからピックアップしたストリートスナップや、新たに撮影されたスナップをもとに制作されています。

 2018年から、古代の風景を現代に置き換えて表現する神話シリーズをつくっていたのですが、そこからつながるようにして現代を描きたいと思ったときに、「TOKYO MONSTER」の新作がつくれると考えました。コロナ禍で人々が自分の価値観をどう表現しているのかSNSを見ると、90年代においてはファッションに表れていましたが、SNS自体が自己表現になっていると感じたんですね。服だけでは表現しきれないものをSNSで表現しているというか、その人の個性をカメレオンのように変えながら、「分人主義」(*1)という言葉があるように「このコミュニティのときの私」「こっちのコミュニティのときの私」みたいに、いろいろなコミュニティでファッションも変えながら自己表現をしている。そんな現代の価値観を表現したいと思い、2019年のコロナ禍の頃から構想していて、2020年頃から制作を開始しました。

──服を描きたかったというよりも、いまの時代性を表現したかったと。

 そうですね。情報化社会がどんどん進化して、SNSも普及して誰もが自分から発信できると、SNSはどうにでも使えてしまうというか、1枚の画像にはひとつの事実があるわけではありません。同じ風景も人によって見え方が違いますし、SNSではどれが正解でどれが嘘かというのもわからないことがよく起こります。それを表現したくてSNSをテーマにした「1:1」というシリーズも5〜6年前につくっていたので、そこからもつながっています。そう、私の作品はすべてがつながっているんですよ。

「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より

──時代性をどう見るかであったり、人の個性とは何かを考えることであったり、清川さんの頭に浮かぶ疑問がそれぞれ関係しあって、多様な作品としてかたちになっているんですね。

 それを表現する際に共通しているのが、糸を使って縫うこと。紡ぐという行為が好きなんですね。それは理由を紡ぐ、物語を紡ぐということともつながりますし、表と裏を行き来し、昔といまをつなぐ意味もあります。人の皮膚に一番近い布、糸を素材にして、古代から未来につながる何かを表現するツールとして糸は適しているのかもしれません。

──刺繍を用いて今回の新作をどのように制作したか、手法についてお聞かせください。

 先ほどお話しした「1:1」シリーズでは、SNSの写真のネガとポジを反転させ、ポジの画面を表現する糸のレイヤーで図像を見せ、ネガとポジを同居させた作品を手がけたのですが、その手法がベースになりました。最初の「TOKYO MONSTER」では、オブジェ化してキャラクターを表現しましたが、今回の新作では、オブジェ化したところにその人自身が見えるのではなく、後ろにあるメッセージや背景を無視するとその人が見えなくなってしまうと感じたので、やはりネガに反転した写真をキャンバスにすることからスタートしました。そこにさらに写真を刺繍し、糸を用いてよりボケたイメージへと抽象化しました。その人と周囲の環境との関係をぼかしていくことで、SNSを通して見えてくる現代性を表現できると考えたのです。

「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より

──90年代と2020年前後では社会も自己表現の方法も変化しています。清川さんはその変化をとらえながら、「モンスター」というキーワードは共通しています。

 例えば、誰もが子供から大人になるときであったり、女の子から女性になるときであったり、人がその性質や歴史を塗り替えるために使うツールのひとつがファッションだと思うんですね。小さい頃に自分のなかのモンスターを隠して過ごしていたけど、自分のなかのモンスターが我慢できなくて出てきちゃったみたいな。私もずっと紺色を着ていたけど、突然黄色を着てみました、みたいにして周りの人を驚かせたことがありましたけど(笑)。時代が変わり方法が変わったとしても、ファッションが人に自分を見せるためのツールであることは変わらないように思うんですよね。

「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より、《I am what I am》(部分)(2021)

──今回の展示構成はどのように考えましたか。

 等身大のモンスターたち、高さ150cmと180cmのモンスターたちに囲まれたような体験ができる展示にしようとまず考えました。写真に写真を刺繍した半立体のような作品で、それも抽象化してボケていくような手法でつくっているので、分人に囲まれて曖昧な世界に入り込んだ感覚になるのではないかと。それと、これまでにも小説などの本に刺繍をした「わたしのおはなし」というシリーズがあるので、その手法で雑誌の表紙に刺繍をした「TOKYO MONSTER COVERS」という新作もつくりました。ギャラリーの外の壁にはそのシリーズがぐるっと並びます。蔦屋書店は本が並ぶ場所なので、書店とギャラリーの境目として面白いのではないかと思っています。

──西陣織の「細尾」と、ストリートブランドの「WIND AND SEA」とのコラボレーションも行われました。

 「細尾」とのコラボレーション作品は、前回の「TOKYO MONSTER」を西陣織で再現したものです。前回の個展で発表した作品ですが、再度展示して「TOKYO MONSTER」のルーツを見せようと意識しました。「WIND AND SEA」には、新作の「TOKYO MONSTER(2020-)」をプリントしたTシャツをつくってもらいました。このブランドは、現代のトレンドを入れながら様々なコラボレーション企画を行うことで話題を作る上手なブランドだと思っていて注目していました。また、アートコレクターの方がアートを購入する感覚と似ていると思うのですが、私も学生の頃から裏原宿でプレミアがついたTシャツを買いに行ったりしていたので、アートが閉じ込められたTシャツをつくりたいという気持ちもあって、今回のコラボレーションが実現しました。

「WIND AND SEA」コラボロングTシャツ(白Sサイズのみ)
「WIND AND SEA」コラボロングTシャツ(黒XLサイズのみ)

──Tシャツはいろいろな表現ができるキャンバスでもありますよね。

 Tシャツは普遍性もあるし、その時代のメッセージを発信するメディアでもあると思っていて。メッセージ性を感じられますよね。Tシャツにプリントされたモンスターが、着る人のなかに潜んでいるモンスター性とリンクするんじゃないかと想像しています。

──今回の個展が開催される前より、GINZA SIXのエントランスにもデジタルアート作品《OUR NEW WORLD》が展示されていますね。「いのちと光の柱」というテーマで、最初に話されていた神話シリーズからのつながりが感じられます。

 そう、すべてつながっているんです(笑)。古代の風景を映像でつくり、古代から未来というテーマでいのちや光の表現をしているのですが、「神々の始まりを現代に置き換えるとしたら」というコンセプトからスタートしました。そこからさらに未来へと表現を展開し、6階のギャラリーに展示された「TOKYO MONSTER(2020-)」へとつながります。さらに偶然ですが、夫で彫刻家の名和晃平が建物の吹き抜け部分に作品を展示しているので、4階部分には夫とのコラボレーション作品も展示しています。

──名和さんの作品《Metamorphosis Garden(変容の庭)》は雲の上に鹿が佇むようなインスタレーションですが、どのようなコラボレーション作品を手がけたのですか。

 ちょうど4階に、鹿の目線の正面になるポイントがあるのですが、そこに展示するコラボレーション作品のベースになったのは、小島に小鹿が佇んでいるような写真です。私の最近のテーマがいのちや希望なので、その小島にいろいろな種や植物を植え、野生の草花を芽吹かせるように刺繍で絵を描きました。

GINZA SIXエントランス
名和晃平とのコラボレーション作品《Metamorphosis Garden (full bloom)》

──GINZA SIXのエントランスから個展会場まで、清川さんの多様な表現を体感できます。清川さんの表現のモチベーションについて教えてください。

 アートは時代を映し出し、いまを体感できるツールだと思っているので、私は正直にものづくりをしたいと常に思っています。後先を計算してつくるのではなく、「ここが不思議だよね」「ここが面白いよね」という日常会話のように、作品に表現できたらと考えています。私の頭のなかにはいつもいろいろな疑問や理屈などが浮遊していて、ずっと何かを考えているんですね。謎やコンセプトの大もとのようなものがその浮遊しているものと、自分の生活してきた時間、歴史、手法、表現したいアウトプット、いま見たいものなどすべてがピンっとつながる瞬間があるんです。つながるまでの時間が本当に長いのですが、その瞬間から制作が始まります。刺繍なのでつくるのにも時間はかかりますが、コンセプトが決まるまでの時間が本当に長い。いつも本当に浮遊していて、漂っているなと思いますね。

*──「分人主義」は、一人の人間のなかに複数の人格があり、本当の自分はひとつ(=個人)ではなく、複数の人格の集合体が本当の自分(=分人)であるという考え方。平野啓一郎氏が提唱している。

清川あさみ
「TOKYO MONSTER, reloaded」展展示風景より

編集部

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