作品に向き合う実験場
表現としての写真へ
東京、神保町のビル2階にある「The White」は、作家の澤田育久が運営するオルタナティブスペースだ。
もとは作家ではなく、商業カメラマンとして写真に向き合ってきた澤田は2010年、モノクロのソリッドな都市写真で国内外から高い評価を得る、金村修との出会いをきっかけに、表現の延長線上にある写真に興味を持ち始めたという。「“写真=ビジュアルの強度”という認識だった。金村さんのワークショップを受講するなかで、しだいに写真は言葉や歴史、社会とつながっているという事実が腑に落ち、写真の重層性に気付きました」。
金村のワークショップを経て澤田は、駅構内などのありふれた風景を被写体に撮影を始めた。「誰もがどこかで見たことのあるような、取るに足らないもの。そうした対象を撮影し続けることで、社会や自分に内在するものが立ち現れてくるのではないかと思っています」。
2012年、拠点とする写真事務所の隣室が空き部屋になったことをきっかけに、澤田は「The White」の前身であり、自身の実験場としての空間「The Gallery」を設立。このスペースで月に1度、自身の個展を行うことを課題とした。「ホワイトキューブに展示された自分の作品はどのように見えるかを客観的に確認したかった。1年を通して毎月、自分の作品展示を行いました」。そうした期間を経て2014年、オルタナティブスペース「The White」を正式にスタートさせた。
展示とワークショップ
「The White」ではこれまで、写真だけでなく近年は映像作品も発表する金村修、都市近郊にある建築資材や廃材の集積場で撮影したモノクロ写真で空間を覆い尽くす小松浩子、写真評論家として写真を考察する展示を行うタカザワケンジらの展覧会に加え、弓、ガラスなどを素材に詩的な作品を手がけ、「The White」では水を用いたインスタレーションを発表した小川浩子、「彫刻によって喚起される空間」をテーマに、静謐なインスタレーション作品を手がける元木孝美など、写真を中心としながらも様々なジャンルを紹介してきた。また、金村のワークショップ受講者も展示を行うことがある。「このスペースは現在、金村さんのワークショップ会場としても使用されています。毎週の講評や合評を通して、参加者それぞれが撮影に対して意識的になっていく。すると散漫だった要素がじょじょにまとまり、写真が作品に変わっていくんです。その過程を見るのは面白いですし、とても勉強になります」。
スペースを運営するシンプルな理由
澤田は、写真に惹かれる理由の1つに、絞り・スピードなど、誰でも実行可能なシンプルな技法のあり方を挙げる。そして、そうした明快さは、自身が駅を撮り続ける姿勢や、スペースを持つ理由にも通底しているように見える。「作品を制作していると、しだいに展示をしてみたくなる。でも、実際に作品を展示すると、雰囲気が違って見えることが多々あるんです。『The White』では作家がそうした試行錯誤を繰り返しながら、展示・コンセプトの両面で、自分と作品の関係を深く考えるための実験の場であってほしいと思います」。
もっと聞きたい!
Q. ギャラリー一押しの作家は?
田中崇嗣さんです。交差点をインターバルで24時間撮影する、新聞の各ページを撮り重ねるなど、機械的なプロセスを経た作品を手がけています。一つのルールから出発するスタイルと、展示を重ねるごとに過剰さを増す様子が興味深い。12月20日〜1月6日、The Whiteで個展を行います。
Q. 思い入れのある一品は?
今年7月に発行した自分の写真集『closed circuit』です。約半年をかけ、6〜7年のあいだに撮影した写真を構成。編集者など他者視線が入ってくる本づくりは展示とは異なる経験で、奥深く新鮮でした。デザインは中島英樹さんによるもので、作品に適した紙を選んでくれました。
(『美術手帖』2017年12月号「ART NAVI」より)