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息を吹き込んだガラス越しに現出するミステリアスな物語の断片

赤、青、黄、緑など多色のフラスコ型のオブジェを棚台に並べて実験室のような場を現出させ、見る者を異世界へと誘うような空間を生み出すイライアス・ハンセン。3月19日〜4月30日にタケ・ニナガワ(東京)にて開催された個展に際し、インタビューを行い、その作品世界を構成するガラスのオブジェへの思いと制作プロセスに迫った。

島田浩太朗

個展会場にて 撮影=高木亜麗
タケ・ニナガワでの《An open door to an empty room.》(2016)展示風景 
Photo by Kei Okano © Elias Hansen Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

1979年、米国ワシントン州タコマに生まれ、現在はアップステート・ニューヨークのアンクラムデールを拠点に活動するイライアス・ハンセンは、色彩豊かな吹きガラスのオブジェやファウンド・オブジェなど、出自や来歴の異なる素材を組み合わせることで、無数の物語の断片が有機的に結びつきながら散在する、謎めいた実験室のようなインスタレーション作品で広く知られる。一昨年、ヨコハマトリエンナーレ2014の新港ピア会場で発表したカラフルでユーモアあふれるインパクトの強い作品群が記憶に残っている読者も多いだろう。今回、日本初個展「An open door to an empty room.」のために来日した作家に話を聞いた。

「本展のタイトルについて考えるうちに、ギャラリーのような"がらんどうの空間"ではなく、家の中の部屋のような、パーソナルな空間としての"空っぽの部屋"が思い浮かび、"empty room"というタイトルの一部分が見えてきました。

私のスタジオには、いろいろな理由で持ち込まれた多様なかたちのガラスや照明が半ば捨て置かれています。私はそうした不思議なオブジェと、3年、5年、10年という時間をともに過ごしながら、そこに残存する物語や潜在する個性を引き出そうと模索しています。またそうした置き去りにされているものを「現在」という空間に戻してあげなければなりません。作品のかたちや空間、組成における存在感は、鑑賞者に何かほかのレファレンスを与えます。私はある完成した物語を伝えたいのではなく、むしろ鑑賞者自身が作品の中から物語の断片を拾い集め、繋ぎ合わせ、築き上げることを望んでいます」。

出典ヨコハマトリエンナーレ2014での《I wouldn't worry about it》(2012)展示風景 
Photo by Elias Hansen © Elias Hansen Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

ある種の幻想や妄想に取り憑かれた、深い夢の世界に不意に入り込んでしまったかのような、キュートでキッチュな親密さと、秘密に満ちた下位文化的な虚構世界をつくりだすハンセンは、これまでにガラス製造だけでなく、建築現場などでの経験を通して木工や石工など様々な技術を修得してきたという。同展において、ハンセンは複数のフラスコ型のハンドメイドの色ガラスを、天井より垂直に吊り下げられた鉄製の支柱から水平にランダムに枝分かれした複数の鉄棒に取り付け、また様々な場所から電気コードで照明を吊り下げることによって、存在感のある色鮮やかで妖艶な雰囲気のシャンデリアを出現させた。

生成プロセスにおけるガラスとの対話

アンクラムデール・スタジオでの展示風景(2015年) 
Photo by Sarah Blodgett © Elias Hansen Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

「シアトルで吹きガラス職人として10年くらい働いていたことがあり、そこでガラス製造のトレーニングを受けました。当時の多くの友人たちのうち、何人かはまだそこでガラスを製作しており、時々、彼らにスケッチを描いて送ったり、電話して構想中の作品やサイズについて相談したり、彼らとの対話を通して作品を発展させていきます。吹きガラスの制作には6時間かかることもありますし、最終的に壊れてしまうこともあります。制作プロセスには、空間的、時間的、金銭的な制限に加えて、輸送方法など、多くの制限がありますが、私にとっては、そうした制限とともに仕事をすることはとても重要なことです。展覧会は私にとって魅力的な場ですし、ある意味で人生のようなものです」。

不定形な愛くるしいかたちや表情豊かな色彩で光り輝く吹きガラスの存在は、ハンセンの作品を強く特徴づける。歴史上、古代から永きにわたって私たちを魅了し続けてきた吹きガラスは、人間が息を吹き込むという極めてシンプルな行為の反復によって、本来、透明で不可視な存在であるはずの息に半透明な境界/輪郭としてのリアルなかたちを与えてきた。その生成プロセスは、一回性と反復性が表裏一体となって共存する、神秘的な生命の発生プロセスとそのかたち/しるしに擬えることもできるだろう。

アートバーゼル香港に出品した《A cold, crisp morning.》(2014)
Photo by Kei Okano © Elias Hansen Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo

「ガラスは多くの特性──光り輝き、重さがあり、透明である──を持っていて、その生成プロセスについて、職人として実に興味深いものがあります。ひとつの素材と真摯に向き合う時間は、アーティストにとって、多くの可能性とともに危険性をも孕んでいます。ガラスの制作プロセスは、(やり直しがきかないという意味において)絵画と比較すると遥かに人を困惑させるものですが、私にはそうした困難な素材と心身一体となって対話することのほうが簡単です」。

かつて13世紀の詩人たちは、彼らの詩の本質的な核心を「スタンツァ(ゆったりとした住まい、隠れ家)」と呼び、親密な空間としての家、あるいは秘密の場所に喩えた。ハンセンの作品世界を構成する吹きガラスの持つ生命発生的な魅力と無数のオブジェが放つ存在感、そして作品タイトルとの組み合わせによって触発され、生み出される世界観と物語性は、鑑賞者を作品世界の宙空へと誘い、没入させ、こちら側と向こう側、現実世界と虚構世界のあいだの境界を溶解させ、時間と空間を変容させつつ、言葉とイメージをめぐる終わりなき運動を求める。

『美術手帖』2016年6月号「ARTIST PICK UP」より)

PROFILE

ELIAS HANSEN 1979年アメリカ・タコマ生まれ。ニューオリンズの工房で吹きガラスの技術を習得後、2000年代より作家活動を開始。近年の個展に14年「Oh Brother」(オスカー・トゥアゾンとの共同展、マッカローネ・ギャラリー、NY)、グループ展に「ヨコハマトリエンナーレ2014」ほか多数。

編集部

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