2023.12.7

共創空間・開発工房「カロッツェリア」と、展示ケース「Artivista」。イトーキがつくり出す新たな鑑賞体験

オフィスデザインを手がける会社、イトーキが新たに開発した展示ケース「Artivista」。さらに2023年10月にはそのショールームとラボ機能を併せ持つ場として共創空間・開発工房「カロッツェリア」を開設した。それらの魅力や意義とは?

取材・文=小吹隆文 撮影=麥生田兵吾

テーブル型の「Artivista」
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 普段、美術館や博物館に出かけたときに、展示ケースを気にする人はどのくらいいるだろうか。照明の当て方ひとつでも、展示品や、さらには展示空間全体の演出が大きく変わってくる。

 オフィス家具大手のイトーキは、展示空間と展示品を美しく演出しながら最適な環境で美術工芸品を保護・継承する新製品の展示ケース「Artivista(アルティビスタ)」を開発。また同社の京都工場内に、ラボ機能とショールーム機能を兼ね備えた共創空間・開発工房「カロッツェリア」を開設した。その詳細や意義について、設備機器営業部の矢野英利と、照明の演出に携わった豊久将三に話を聞いた。

テーブル型の「Artivista」

「Artivista」の原点

 イトーキと言えば、オフィスデザインを手がける会社。そんなイメージをお持ちの方が多いのでは。しかし、同社は美術館・博物館の設備でも大きな実績を残している。

 「創業初期の弊社では金庫を製造しており、そのノウハウを生かして美術館・博物館の収蔵庫を手がけていました。展示ケースを本格的に扱うようになったのは1999年、東京国立博物館 平成館の開館に際して、高さ約5メートルのガラスを電動で制御する展示ケースを納入したのが始まりです」(矢野)。

 置き型や壁面型のケースだけでなく、あらゆるニーズに応える設計力と施工技術力で、いまでは国内のすべての国立博物館をはじめ、200件以上の施設に納入実績があるという。

矢野英利

 「当時はこの分野でトップブランドであるドイツの会社が強かったのですが、学芸員さんから『日本でもつくれないのか』という声をいただいていました。やはり国産のほうがきめ細かな対応ができますから。海外メーカーに負けない製品をつくろうと努力を続け、これまでの集大成として開発したのがArtivistaなのです」(矢野)。

展示品の保護と演出

 では「Artivista」とはどのような展示ケースなのか。その特徴は、「意匠性」「演出性」「操作性」「展示品の保護」の4つが挙げられる。

 「展示ケースの使命は展示品を際立たせること。それ自体が高いデザイン性と工作精度を有しつつ、展示品を引き立てる黒子的な役割が求められます。ガラスは透明性の高いラミネートガラスに低反射コーティングを施し、美術工芸品の本来の美しさを引き出せるようになっています。またテーブル型は、学芸員の仕事のしやすさと作品の安全を考慮して、開口部を大きく取った電動の開閉機構を持ちます。

そして作品保護の観点からは、ホルムアルデヒドやアンモニアをはじめとする空気中の汚染物質から作品を守る対策も施しています。さらに、湿度を一定に保つ電子式調湿機能や免電機能をオプションで用意しました。電子式調湿機能は日本では弊社だけが持つ機能です」(矢野)。

ガラスフードは電動で上下昇降し、学芸員の作業の安全性をサポートする
展示ケースの電子式調湿機能

 展示ケースの重要な要素である照明の設計に、照明家の豊久将三を起用しているのもArtivistaの大きな特徴だ。豊久は化学や物理学の研究を経て、ニューヨークで「エキシビション・デザイン」に触れた。異色の経歴とともに独自の照明哲学を持っている。

豊久将三

 「展示ケースの照明は素材、機能、空間など、展示に関わるすべてを一体的に考える必要があり、素材レベルから関与させていただきました。Artivistaではトップライトに有機EL照明を用いています。有機ELは有機素材をガラス基板上に10層以上蒸着させ、そこに電気を通して発光させます。RGBの発光層で白色をつくるため、青色発光ダイオードによる白色LEDよりも自然で太陽光に近い光がつくれるのです。もちろんLEDのなかにも優れた波長の光源があるので、それらを組み合わせて照明を構築しています。

画家がアトリエや屋外で描いていたときに見ていた色を照明で再現できるのか、そういうレベルから発想することが大事です」(豊久)。

ほぼ全面がガラスで構成された行灯型の「Artivista」

「共創」の場をつくる

 矢野が「工芸品レベル」と自負するほどデザイン、素材、工作精度にこだわったArtivista。そこにはイトーキだけでなく、ガラスや照明など様々な業種のスペシャリストが関わっている。つまりArtivistaは「共創」の賜物なのだ。そのショールームとラボ機能を併せ持つ空間として京都府にある工場内に新たに設置されたのが、共創空間・開発工房「カロッツェリア」だ。

共創空間・開発工房「カロッツェリア」

 「以前からお客様より『製品を見られる場所はありますか』という問い合わせがありました。これまでは納品先のご協力で見学をさせていただいてきましたが、それだと操作ができないなど限界があります。

そこで、実際の展示空間により近い環境で体験できるショールームとしてカロッツェリアをオープンさせたのです。いろいろな人が集って意見を交わしながら物づくりをしていく場所がほしかった。カロッツェリアはイタリア語で『工房』を意味しますが、そんな開発工房としても今後機能してまいります」(矢野)。

 現時点で最高レベルの展示ケースと言えるArtivista。今後はIoTを導入することで、さらなる進化が見られるかもしれない。展示ケースが鑑賞体験にどれだけ大きな影響を与えているかを知っておけば、我々のアートライフは一層豊かになるのではないか。その一翼を担う「Artivista」と「カロッツェリア」の存在意義は非常に大きい。