2023.3.15

メンバーが語る「ダムタイプの方法」。アーティゾン美術館の《2022: remap》はいかにつくられたのか

東京・京橋のアーティゾン美術館で開催中の「第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 ダムタイプ|2022: remap」。ヴェネチアでの《2022》を再構築し、同館で展開されている《2022: remap》がいかにつくられ、そこにどのような集団としての協働があったのか。メンバーである高谷史郎、古舘健、濱哲史、南琢也の4人に話を聞いた。

文=坂本のどか 写真=稲葉真

左から古舘健、濱哲史、高谷史郎、南琢也
前へ
次へ

 第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示で発表されたダムタイプの新作《2022》。本インスタレーションが東京・京橋のアーティゾン美術館にて《2022: remap》として再構築され、「第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 ダムタイプ|2022: remap」として公開されている。

 本帰国展に際し、ダムタイプのメンバーである高谷史郎、古舘健、濱哲史、南琢也の4人に、今回の制作について、また個々の活動とダムタイプとしての協働について聞くことができた。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

ヴェネチアの日本館をアーティゾン美術館に再配置

 運動体、細胞体……いずれもダムタイプのありようを表す際に使われる言葉だが、その極めて完成度の高い作品群からは、作品が立ち上がるプロセスは想像し難い。緻密に練り上げられた作品はどのように構想され、実装されるのだろうか。

 まずは今回、ダムタイプがアーティゾン美術館にインストールした《2022: remap》について、その「再配置」に注目して高谷に話を聞いた。本展は展覧会タイトルにもあるとおり、昨年開催された第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展において、日本館で発表した新作《2022》を再配置(remap)したものだ。彼らはヴェネチアの日本館の建築の内部を正方形の囲いとして表現し、わずかにサイズダウンさせながら、アーティゾン美術館の展示室に構築。方角までを忠実に再現したうえで、その内部に作品を再配置した。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

 高谷は内覧会で「(ヴェネチアで展示した)《2022》はある意味、日本館を設計した吉阪隆正とのコラボレーションと言っても過言ではない」と語った。なるほど、本作の主要な要素である空間中央のボイドエリアや、その輪郭を形成する非物質的な要素群──レーザーや平行光LEDの光線、超指向性スピーカーから発せられ、時おり鑑賞者の耳元で囁かれる音声など──による空間構成は、日本館の中央上下に空いた穴や、四方の壁から大きく迫り出した4本の柱など、美術作品の展示においては障害物にもなり得るそれらの存在なしには構想されなかったものだ。

 日本館は1956年の建設当初、開口部にはガラス等もはめられておらず、展示室はつねに屋外と接続した空間だったという。この前提をもとに、《2022: remap》は、アーティゾン美術館というビルの中のホワイトキューブにおいて、様々な方法で日本館を再現するとともに、その「外」を取り込む作品となった。ここではいくつかの要素に注目しながら、いかにして日本館の中と外が展示室に再現されたのかを見ていきたい。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

空間と音が囲う「日本館」が美術館に出現

 ひとつ目の要素は、中央の日本館を模した正方形の空間と、その周囲に設けられたターンテーブル・ユニットだ。高谷はこの正方形の空間が、ヴェネチアの日本館よりも小さくなったことについて次のように語る。「じつは100パーセントの大きさのままでもアーティゾン美術館の展示室に再現することはできました。ただ、そうすると囲いの角が外の壁(展示室の壁面)と接してしまい、外となる空間を回遊できないかたちで分断してしまう。そこはひとつの世界にしたかった」。さらに、その外の空間に点在する16台のターンテーブル・ユニットは、坂本龍一の知人らによって世界各地でフィールドレコーディングされた音が再生する。ひとつながりの「外」が、さながら日本館を内包するかたちとなっている。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

 また、日本館の中央上下にあった開口部に代わり設置されたのが、上下で向き合うLEDヴィデオパネル(以下、ヴィデオパネル)と床面のミラーだ。「ヴィデオパネルを光の装置としてとらえ、差し込む外光を再現できないかと思いプランに加えてみた」と高谷。ヴィデオパネルは全体としてひとつの像を結ぶときもあれば、夜空の星々のように光の粒が際立つときもあり、ときには両者がレイヤー状に重なる。奥行きを感じる視覚体験や床のミラーへの映り込みが、1フロアのみの展示室に縦の広がりをもたらしている。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

 ヴィデオパネルによる装置はもうひとつ、短い通路でつながる奥の小部屋にある。中央に浮かぶように設置されたそれは、鑑賞者の頭上四方を囲み、様々な単語が渦巻く様子を鑑賞者は仰ぎ見ることになる。その意図について高谷は次のように述べた。「一層降りたところから『日本館』を仰ぎ見ているように感じられればと思い、そこから空間構成を考えました」。《2022》ではハーフミラーを通して外を見ることができたが、本展示では新たにつくられた小部屋にその機能がスライドしているのだ。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

 これらの要素によって《2022》では抽象的な存在であった「外」が、《2022: remap》では作品の一部として表現された。《2022: remap》は《2022》の再配置にとどまらず、拡張でもあるのだ。

ダムタイプはどのように駆動しているのか

 《2022》《2022: remap》の制作においては、今回話を聞いた高谷史郎、古舘健、濱哲史、南琢也を筆頭に10名がプロジェクトメンバーとして名を連ねており、その中には《2022》からメンバーとなった坂本の名もある。ここからはダムタイプを構成する彼らに焦点を当て、グループとしていかに制作を行ってきたのか、そのありかたを掘り下げてみたい。

 メンバーのなかでもアーティスト/プログラマーの古舘健、サウンド・アーティストの濱哲史のふたりは、ダムタイプのメンバーとのコラボレーションを重ねたうえで、その後正式に加入したメンバーだ。いっぽう、グラフィックデザイナーの南琢也は、ダムタイプとは35年ほどの付き合いになる。南は、古舘と濱について次のように讃える。「この二人によってプログラムでものがつくれるようになって、ダムタイプは大きく変化したと思います。すごいんですよ。ダメもとで出したアイデアも、何かしらかたちにしてくれる」。

エレクトロニクスを得意とするマルチプレイヤー。古舘健

 古舘は個人でも活動するアーティストで、2019年には大量の小型スピーカーとLEDを制御した大規模なサウンドインスタレーション《Pulses/Grains/Phase/Moiré》で文化庁メディア芸術祭のアート部門大賞を受賞している。まさに装置の中と外をすべて手がけるオールラウンダーだ。今回、古舘が中心となった部分をあえて限定するならばエレクトロニクスの部分だというが、それ以上に作品全体の構築において大きな存在のようだ。

古舘健

 高谷は古舘との関係の深まりを次のように語る。「ダムタイプの事務所の一角で、プログラムとハードを同期させた作品をつくろうとしていたときがありました。両方をできる人が少ないので、おもしろいと思ったんです。それから、制作について色々手伝ってもらうようになりました」。2006年頃からスタートしたというふたりのコラボレーションは、高谷のアイデアに対して機器やプログラムの特性に明るい古舘が展開の可能性を示しながら、作品を深め、高めていくようなスタイルだという。それは2014年に古舘がダムタイプに加入した後も同様だが、メンバーになったことで「より主体的に主張もするし、やんちゃも言う」と古舘は語る。

 ちなみに今回、機械学習・ビジュアルプログラミングとしてクレジットされている堂園翔矢はコンピュテーショナルデザインを得意とするデザイナー。古舘の個人プロジェクトにおいて協働するメンバーだ。ピクセル単位での映像制作を得意とする彼と、ダムタイプの表現の相性の良さを感じ、古舘が声をかけたという。このように、ダムタイプはプロジェクトを経るごとに、メンバーそれぞれが声をかけてコラボレーションの相手を増やし、表現の領域を拡大してきたのだろう。

メンバーの信頼厚いサウンドエンジニア/プログラマー。濱哲史

 濱は山口芸術情報センター[YCAM]からそのキャリアをスタートし、現在はフリーランスで活躍するサウンドエンジニア/プログラマーだ。高谷や坂本との協働は数知れず、そのほか現代美術作家の制作サポートも行っている。2018年、ポンピドゥー・センター・メッスでのダムタイプの個展にて現地での設営にテクニカルスタッフとして参加。翌年の「ダムタイプ|アクション+リフレクション」(2019-20、東京都現代美術館)からメンバーに加わった。

濱哲史

 本作に通底するサウンドとして、坂本による約1時間のトラックが使われているが、坂本から届いた音源を素材に、インスタレーションとして展開するためのアレンジやプログラムの構築は濱が担ったという。そのほか、モールス信号の音など、作品を構築するうえで必要とされる様々な音は濱によるものだ。

 坂本との協働について、濱は次のように語る。「地理の学習書のテキストを、人工音声で読み上げる実験を長らくしていたある日、坂本さんが友人のデヴィッド・シルヴィアンさんやカヒミ・カリィさんらに声をかけてくださって、41個のセンテンスをひとつずつ録音したサウンドファイルが届きました。一聴して衝撃が走りました。自分がパラメータをコントロールして、コンピュータを一生懸命働かせて人間の物真似をさせるのでは絶対に現れないものが肉声の方にあると気づかされて、今回の作品にとって大事な一本の筋が浮かび上がってきた気がしたんです。僕たちが夜な夜な重ねていた試行錯誤に対して坂本さんが応答してくれたことにも感動しましたし、作品の重要なピースになりました」。ダムタイプのメンバーは明確な分担をつくらず、イメージや試行錯誤をつねに共有しながら制作を行う。こうした有機的な結合があるからこそ生まれた成果と言えるだろう。

「ダムタイプ・ネイティブ」。グラフィックデザイナー・南琢也

 グラフィックデザイナーの南は、ダムタイプとの30年を超える関係性を築き、「ダムタイプ・ネイティブ」と称するが「今回からの新メンバー」なのだと語る。1999年に結成したクリエイティブ・ユニット「Softpad」のメンバーとしてジャンルを横断する表現活動を行いながら、グラフィックデザイナーとしても多様な媒体を手掛け、2023年1月にリリースされた坂本龍一のアルバム「12」のデザインも担当した。ダムタイプや高谷個人の作品においては広報物のグラフィックのみならず作中に使用するグラフィック要素のデザインを一手に担っており、本展でも同様だ。本展のメインビジュアルは、高谷が撮影した日本館での展示風景に南が文字を重ねデザインしたものとなる。

南琢也

 南はダムタイプとの関係性を「大学に入りたてのまっさらな状態でダムタイプに出会って、本当に色々な影響を受けました」と語る。ダムタイプのことなら阿吽の呼吸でわかるといい、グラフィックのみならずときにはサウンドも手がけるというマルチな関わり方を見せる。これも、ダムタイプ・ネイティブとしてのあり方なのだろう。

 グループのミーティングには作品の構想段階から参加する南。「ダムタイプのミーティングは誰が何について意見を言ってもいい場です。分担されたグラフィック担当として参加しているわけではないんです」と語る南。「作品のコンセプトを話す段階では、自分の役割に落とし込んで考えるようなことはしませんね」と古舘も頷いた。こうした話からも、有機的に個人の役割を変えながら制作を行う、ダムタイプという集団の強みが見て取れる。

ダムタイプは関係性のなかで作品をつくっていく

 このように、各分野において様々な活動を行うメンバーをゆるやかにまとめ上げているのが高谷だ。1984年のダムタイプ創設以来、映像、照明、グラフィック・デザイン、舞台装置デザインなどを総合的に手掛け、1999年から開始した個人としての活動においても、様々なアーティストとのコラボレーションのなかで作品をつくり続けてきたが、高谷は自身の活動を次のように語る。「人の意見を聞きながらかたちになっていくのがすごくおもしろくて好きなんです」。

高谷史郎

 高谷は「個人としてのコラボレーションと、ダムタイプメンバーとの協働に差はない」とも語る。多くの作品で仕事をともにしてきた坂本が《2022》からダムタイプのメンバーとして参加したが、それについても次のような感想を持っているという。「僕としてはコラボレーションをしていたときと同じ感覚です。でも、坂本さんのなかでは全然違うようで、メンバーとの協働や、ダムタイプとして、ということを意識して音をつくってくださっている。結果的にはびっくりするくらい、坂本さんらしいトラックが出てきています。作品は関係性のなかでできていくので、そこから出てきた音がグループに参加した結果であり、坂本さんがメンバーになったダムタイプなのだと思います」。「ヒエラルキーなき集団」と称されるグループをかたちづくるその思考を覗かせた高谷は、「本来、メンバーの線引きは緩やかで裾野が広いんです。境界が見えないようなグループでありたい」と、その目指すところを教えてくれた。

 こうした協働のなかでは、どのような制作プロセスが立ち上がっているのだろうか。高谷は「みんなでこねくり回しながらつくっているので、説明は難しいんです」としながらも、言葉を尽くしてくれた。例えば、展示において装置を設置しようとするとき、メンバーの反応が悪くなければひとまずその場にその装置を置いておくという。展示をつくる過程で、やがていつの間にか装置がその場所にあることが当たり前になっていき、そうなったときにより馴染むように要素の調整を行うのだ。大掛かりな作品になればなるほど、実際に展示してみないとその見え方はわからないと高谷は語る。どうしても合っていないと感じれば、設置した要素をなくすこともあるそうだ。

 作品を構成する要素がいずれも分かち難く、等価なものとして存在するダムタイプのインスタレーション。それをかたちづくるのは、こうしたプロセスによるものなのだと、腑に落ちるものがあった。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影=木奥惠三 提供=アーティゾン美術館

進化を続けるアマチュア集団として

 「最後の最後まで作品の完成形を決めないんです」と語ったのは濱だ。「今回も『再配置』としながらも、いま強く感じたり考えていることを作品に込めようともがき続け、変え続ける。それがダムタイプのユニークなところだと思います」。

 最後に高谷は、次のようにダムタイプを評した。「ダムタイプはそもそもが、プロフェッショナル集団ではないんです。でも、だからこそできることがある。プロフェッショナルは色々なことがわかってしまっているから、できる/できないの線引きがシステマティックになってしまう。舞台にヴィデオパネルを設置して試してみたいことがあっても、その搬入に3日かかるのならプロは断念するでしょう。でも、僕たちはアマチュアだからそれをおもしろがることができる」。

 「第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 ダムタイプ|2022: remap」で展開されている《2022:remap》は、非日常的でほかでは味わえない鮮烈な体験を訪れる者に与える。その体験は、ダムタイプという唯一無二のゆるやかなつながりを持つ集団だからこそつくり得たものであることが、4人の語りから伝わってきた。

左から南琢也、高谷史郎、濱哲史、古舘健