論理と逸脱
松本先生と最後にお話ししたのは、年初めにアーカイブの活動についてお電話を受けたときだった。先生とは度々お話しさせて頂いてきたが、こんなに長く続くとは思わなかった。特に頻度が上がったのは、2011年に川崎市市民ミュージアムの濱崎好治氏、映画研究者の江口浩氏、そして私を中心として、先生への聞き取り調査と資料整理を開始してからだった。
私たちは松本俊夫の仕事に強く惹き付けられているという点で一致していたが、それは熱心な信奉者の意識というよりも、解けない謎に取り憑かれた探索者の意識に近いものだったと思う。松本俊夫の作品には謎がある。ご本人の言葉や文章は極めて明晰なのに、論理への回収を拒否し、それを飛び越えてしまうものが作品に内在している。先生は自身の論考のなかで、言語化される以前の非言語的な表現領域について論じているが、彼の作品こそがまさにそれを含んでいた。また誰よりも先生自身が、その逸脱を楽しんでいる雰囲気もあった。
そうして聞き取り調査を進める日々が続いた12年の春、愛媛の久万美術館で回顧展が予定されていると先生から聞かされる。「学芸員は神内さんっていうんだけど、協力してやってよ」と言われれば、もちろん私たちに断る理由は存在せず、これまでの成果をそこに注ぎ込んでゆくことになる。ちょうど私も科研費の助成を受けて、実験映画・ヴィデオアートのデジタル化を先生の監修のもと進めていたので、それも研究成果として全面的に提供することができた。全てのタイミングが一致して「白昼夢―松本俊夫の世界」は実現したと言って良い。
9月の回顧展開催初日、遠方より来場された方々と談笑され、珍しく打ち上げの席でお酒を飲まれていた先生の姿を、いまも思い出す。いつもクールに振る舞い、時として厳しい論調の文章も書かれるが、実際には温かな人柄の方だった。戦後の映像文化全体において重要な位置を占める、ひとりの映画監督・映像作家の晩年を、少しでも支えることができたのであれば、私たちは幸いに思う。
(『美術手帖』2017年7月号「INFORMATION」より)