亡くなった後に有名になる作家はいるが、一度名が売れた後に、カムバックする作家は珍しい。1950年代のニューヨークで売れっ子ファッション・カメラマンとして一躍有名になったソール・ライター。『ハーパーズ・バザー』、『エル』、『ヴォーグ』など、一流ファッション誌のほとんどで写真を撮り下ろしていたが、81年を区切りにこつぜんと業界から姿を消した。
ライターの名前が消えたこの期間は、彼にとってある意味、本当のターニングポイントといえるかもしれない。というのもカラー写真や、絵画、そして何より彼の毎日の過ごし方といった、その後ライターが彼らしくなるための要素すべてが、この時期に構築されているからだ。その頃に撮られているライターの写真の多くは、誰かが洗濯物を干していたり、ウィンドウショッピングをしていたりといった、日常の風景。それは、「写真は、しばしば重要な出来事を取り上げるものだと思われているが、実際には、終わることのない世界の中に、ある小さな断片と思い出をつくり出すもの」という彼の言葉をそのまま表現した、ライターらしいものだった。94年、フィルムメーカー・イルフォード社が援助したことで実現したカラー写真展は話題を呼んだが、再び静かな制作の日々が続く。そして、2006年。世界でいちばん美しい本をつくると言われている、ドイツの出版社シュタイデル社から出版された『Early Color』で再評価され、本当のカムバックを果たした。しかし、有名になった後もライターの生活は何も変わらなかった。カメラを持って散歩、コーヒーを買って、帰宅したら愛猫レモンの世話。世間になびかず、また、有名になることと関係なく、自分の“美”をマイペースに追い続けたソール・ライター。彼の人生が詰まった、日本初の回顧展は、観にいく自分自身をあらためて見直せる、そんな展示になっているはずだ。
(『美術手帖』2017年5月号「INFORMATION」より)