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具象と抽象の対立を超えた絵画に捧げた人生。ニコラ・ド・スタールの生き様をたどって

パリ市立近代美術館で、戦後フランス絵画史に鮮やかな軌跡を残したニコラ・ド・スタールの回顧展が開幕した。その短く情熱的な生き様は、ジャン=リュック・ゴダールの映画でも主人公のモデルとなった。独自の絵画を刷新し続けた類まれな画家について、現地からリポートする。

文=飯田真実

パリ市立近代美術館内「ニコラ・ド・スタール」展会場入口撮影=筆者

ニコラ・ド・スタール(1914〜1955)

 自画像は見当たらない。1954年にパリのアトリエで撮影された全身像は噂どおり長身だ。このとき呼ばれた写真家は、壁に立かけられた無数の絵と、部屋の中央の床に置かれたリュックサックの脇で画家がいまにもフレームアウトしそうなので、それらをすべて片付けさせた(*1)。がらんとした空間で撮られた表情はどこか落ち着きがない。 

 その写真はモノクロで、初期の絵も黒い線描やグレーの色面構成が多い。ジャン=リュック・ゴダールの映画『気狂いピエロ』の主人公のモデルでもある。虚無な性格だが愛人と車に乗って絶望へ向かう男のヴィジョンが次第に熱狂的な色を帯びていく……彼らが舞い散った舞台フランスでニコラ・ド・スタールは、20世紀でもっとも重要な画家のひとりであり、画集や伝記も複数出版されている。

 サンクトペテルブルクでロシアの貴族軍人の家に生まれ、3歳のときに起きたロシア革命のために亡命、その後孤児となる。ベルギーの養家の支援で美術の高等教育を受けると、光を求め旅に出た。絵画表現における革命精神をジョルジュ・ブラックに評価され、同時代の詩人たちとも交流し流星のように輝きを放ったその短い軌跡は、南仏アンティーブで終わりを告げる。すでに画家として成功していた41歳のある日、最期にパリで見たシェーンベルグのコンサートでの高揚を描いた未完の絶筆を背に、その身を海へ投げたのだった。

絶筆となった《コンサート》(1955)は4×6メートルの大作で、赤い背景と画面右側の肌色の図象が印象的。アンティーブのピカソ美術館に常設展示されており、パリでは図版で紹介されている
撮影=筆者

ジャニーヌ・ギユーとの駆け落ち

 本展は、その15年のキャリアで1100点以上を制作したニコラ・ド・スタールの偉業を改めて検証すべく、主に欧米の公私コレクションから仏国内の美術館で未公開だった50点を含む絵画や素描、版画等約200点以上を展観するもの。作品を厳密に年代順に並べることで、画家が生き急いだ人生と密着した絵画の進化が見てとれる。

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