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INSIGHT - 2019.4.29

世界屈指の慈善団体は何を目指す? 「フォード財団ギャラリー」がニューヨークにオープン

2018年末、ニューヨーク・マンハッタンにあるフォード財団ビルが、2年の改装工事を経て「フォード財団 センター・フォー・ソーシャル・ジャスティス(Ford Foundation Center for Social Justice)」としてリニューアルオープンした。今年3月、その建物の一角に、社会問題をテーマにしたアートを展示するスペース「フォード財団ギャラリー」が新たにオープンし、一般に公開されている。財団のミッションを体現する、特別な使命を担ったこのギャラリー。その様子を取材してきた。

文=國上直子

フォード財団 センター・フォー・ソーシアル・ジャスティスと屋内庭園 Ford Foundation Garden Photo Credits: Simon Luethi/Ford Foundation.

世界屈指の慈善団体フォード財団

 フォード財団は、自動車メーカー「フォード」の創設者ヘンリー・フォードの息子、エドセル・フォードによって1936年に設立された。エドセルの寄付した2万5000ドルからスタートし、40年代半ばにヘンリーとエドセルから25万ドル分の遺贈が行われると、フォード財団は当時では世界最大の慈善団体となる。

 その後の着実な投資により、基金は現在120億ドル(約1兆3000億円)近くまで増え、他の財源に頼ることなく財団の運営が行われている。70年代後半までには、フォード社及びフォード・ファミリーから完全に独立した機構となり、現在は世界第5位の規模を誇る慈善団体となっている

 財団の使命は「貧困・不公平を減らし、民主的な価値観を強化し、国際的協力を促し、人類の偉業をさらに推し進めること」。そのために必要な社会運動には「個人のリーダーシップ、強固な組織、革新的なアイデア」の3つの要素が不可欠という考えから、これらの分野の成長を支えることが、財団の主たる活動となっている。具体的には、財団の使命に共鳴する世界各国の教育機関や団体などに補助金の提供が行われており、18年度には998の機構に5億1000万ドル(約570億円)が交付された。

屋内庭園から見上げる、フォード財団のビルのアトリウム。半世紀経ってもデザインが古びた感はまったくなく、隅々まで統一感がある。コールテン鋼の骨組みと庭園の緑のコントラストが、空間に独特の温かみと落ち着きをもたらす

 フォード財団の本部は、その建築デザインでも知られている。設計を手がけたのは、建築家のケヴィン・ローチとジョン・ディンケルー。「後期モダニズム」に分類される独特のデザインに加え、造園家ダン・カイリーによる屋内庭園が設けられた建物は、67年のオープン当時、それまでのオフィス建築の常識を覆すほどのインパクトを与えたという。同ビルは97年にニューヨーク市のランドマークに制定されている。

 16年から、現代の建築安全基準をクリアするためのリノベーション工事が開始。18年11月に「フォード財団 センター・フォー・ソーシャル・ジャスティス」として再オープンした。このリニューアルに伴い新設されたのが、「フォード財団ギャラリー」である。

新しくオープンした「フォード財団ギャラリー」の入り口に展示されたバルトロメイ・トグオ《Road to Exile》(2018)
Image courtesy of Ford Foundation Gallery Photo by Sebastian Bach

新設されたギャラリーのミッション

 フォード財団代表のダレン・ウォーカーは「アートや創造的表現は、社会正義実現のための運動のなかで、重要な役割を担ってきた。アーティストが実験的な試みを行い、人々と活気に満ちかつ重要な対話を生む、特別なスペースをオープンできることに、非常に感銘を受けている」と語る。「あらゆるかたちの不平等問題に取り組んできた財団として、公正さや尊厳に対する根本的な問いかけを行うような作品を展示する場所を設けることは、ごく自然な流れだった」という。

「Perilous Bodies」会場風景。185平米のスペースは開放感がある
Installation View Perilous Bodies
Image courtesy of Ford Foundation Gallery Photo by Sebastian Bach

 現在開催されているのは、同ギャラリーの柿落としとなる「Perilous Bodies(非常に危険な身体)」展。19名のアーティストが会する本展では、戦争、移住、社会的・宗教的慣習、偏見、差別などに起因する問題に直面する人々がテーマになっている。モチーフとして登場するのは、シリア、チベット、インド、パキスタン、アメリカ、メキシコ、オーストラリアなど、世界の様々な地域で起きている問題。出身国と現在の活動拠点が異なるアーティストが半数以上を占めている。展示内容の多様性が目立つものの、「人間の尊厳」という普遍的な問題が共通項となっている。

 同ギャラリーのディレクター、リサ・キムは「本展は、ジェンダー、人種、階級、民族の分断によって生まれる残忍行為や不正に切り込むもの。参加アーティストは、あらゆる人々の尊厳を守るために真剣に取り組むべき問題について、ありのままの率直な視点を提供する」と語る。

最小限に抑えられた作品解説の意義

 展示のもっとも大きな特徴は、1つの作品を除き、キャプションがないことだ。受付にあるチェックリストに各作品の背景が記載されているが、それぞれ最大でも2文と、非常に簡潔にまとめられている。

ドレッド・スコット The Blue Wall of Violence 1999 
Image courtesy of Ford Foundation Gallery Photo by Sebastian Bach

 壁に人型の標的が6つ貼られ、その前に棺が横たわっているドレッド・スコットのインスタレーション《The Blue Wall of Violence》(1999)。棺の上方には、スタンドに固定された3本の警棒が並び、時間が来るとモーターが作動し、棺の上に交互に振り落とされる。人型の標的には腕があり、その手はおもちゃの銃や、鍵、財布などを握りしめている。そして標的の上に掲げられているのは、「DECEMBER 25, 1997」といった特定の日付だ。

 視覚的なヒントから「黒人」や「警官」が示唆され、アメリカの社会問題となっている「Police Brutality(警官による暴力)」がテーマだと連想できる。チェックリストの解説を見てみると、標的が手にしているオブジェクトが、警官の発砲の要因になったこと、標的が実在する6名の黒人男性を表していることが彼らの名前とともに明記されているのみである。

 この端的な説明から、作品に関する想像が広がっていく。掲げてある日付は実際に事件が起こった日であること。日付が時系列に並べられていないのには、この問題の際限のなさが込められているようにも見える。警官による発砲事件が起こった場合、往々にして警察側には相当の処罰が下されず、被害者の尊厳が踏みにじられるという、二次的だが深刻な問題の存在も示唆されている。また、この作品の制作年が、99年である点も無視できない。あえて20年前の作品を選ぶことで、いまでもこの問題に改善の兆しが見られていないことが暗示されている。

 近年、政治的・社会的な作品の展示では、キャプションに作品の背景からアーティストの意図まで記述することが一般的になってきている。このように手取り足取りガイダンスを提供することは、子供に一口ずつ食事を与えることになぞらえ、批判的に「スプーン・フィーディング」と呼ばれるが、本展はその真逆をいく。

 鑑賞者に対し解釈の余白を残しておくことで、鑑賞者の関心がより作品に向き、根底にある問題についても意識が及ぶようになる。当たり前のように聞こえるが、作品解説が極限まで抑えられた本展を観ることで、改めて「スプーン・フィーディング」を行う展覧会の隆盛により、作品について考える機会が少なからず奪われていたことを実感させられた。

ジャズミン・パテジャ Meet To Sleep/I Never ‘Ask For It’ 2016-18
《Meet To Sleep》はインドの公共の場における女性の安全が主題。《I Never ‘Ask For It’》は性的暴力の被害者の証言を集めたもの。被害者を責める慣習に終止符を打つためのアーカイブとなっている

 鑑賞者との対話を生むことを目指すギャラリーとしての、意識的なキュレトリアル・アプローチが、最小限にとどめられた作品解説に凝縮されている。ここに、広く一般来場者を教化する方向に進みがちな美術館のキュレーションとの大きな差を感じた。

 マンハッタンに無数にある展示施設のなかでも、明確な切り口とミッションを掲げた「フォード財団ギャラリー」のような存在は珍しいのではないだろうか。今年は、あと2つ展覧会が予定されている。今後のプログラムにも期待が高まる。