キュレーションの拡張を目指して
政治・経済・文学・哲学を包括する美術
2015年10月、東京・浅草にてキュラトリアルスペースのASAKUSAはオープンした。展覧会や各種イベントを開催するこのスペースをディレクションするのは、大坂紘一郎だ。大坂は大学中退後約10年間にわたってタイやドイツ、イギリスなどに滞在。13年の帰国後から現在まで、SCAI THE BATHHOUSEの活動にも携わっている。「自分で企画プログラムを構成したいという気持ちから、スペースの設立に至りました」。オープニング展は、倉敷科学芸術大学川上研究室との共同キュレーションによる、厚木たか、ミハイル・カリキス、ヘクトール・サモラの三人展。3つの映像作品を通して、権力の分散、知識・エネルギー資源の共有など、現代の複数の問題を問い直すことを目的に企画された。その他には、トマス・ヒルシュホルンとサンチャゴ・シエラや、オノ・ヨーコとリクリット・ティラバーニャの二人展など、社会状況に対峙した企画が行われてきた。
イギリスで公共経済学を学んでいたという大坂は、同地で美術館やギャラリーを訪れるなか、美術が政治や経済、文学、哲学といった自身が関心を寄せるトピックを包括していることに気づき、現代美術を本格的に学びだす。そして、クレア・ビショップ、あるいはハル・フォスターといった、美術評論家が取り上げる課題を同時代的に理解し、共有することが必要だと考えるようになったという。「特定のアーティストを押し出す流れを生み出すためには、強い言説が必要だと思っています」。
共同キュレーターを迎えた活動
ASAKUSAでは2016年末より、国内外からコラボレーターとしてインターンを招聘するプログラムを開始。選考を経て現在共同キュレーションを行うのが、マテウシ・サピジャだ。美術と政治を媒介していく領域を研究してきたというサピジャは、展覧会を主体とせず、積極的な意見交換が可能となるキュレーションのあり方を模索。ASAKUSAでは、イベント中心のプロジェクトを企画している。17年1月には、慶應義塾大学教授で社会学者の小熊英二、ロンドン大学准教授であり日本文化を研究するクリスティン・スラク、哲学者でLGTBQ活動家のヴィンセント・ファン・ヘルヴェン・ウイと来場者を交えて、ナショナリズムとアイデンティティーについてのトークイベントを開催。「3か月間のASAKUSAでの実践を経た後はカタールに行き、ポスト民主主義というテーマで研究を行っていく予定です」とサピジャは話す。
これからのキュレーションのあり方
こうして、活動に共鳴する人々と協働し、今後も多種多様な企画を行っていくASAKUSA。「活動を通して、日本における“キュレーション”の意味の枠組みを広げ、促進していきたい」と大坂は話す。さらに、ギャラリーの中でタイ料理を振る舞う作品などで知られるリレーショナル・アートの旗手であるタイ人作家、リクリット・ティラバーニャの作品を例にあげ、次のように続ける。
「食事をつくって提供すること、それが意味することは国や文化によって異なる。そうした“違い”のなかで見えなくなる盲点に気づき、示唆することがキュレーターの仕事だと思っています」。
もっと聞きたい!
Q. ギャラリー一押しの作家は?
サウンドを主とした表現を行なうミハイル・カリキスです。カリキスはリサーチベースの作家ですが、学術的な要素と想像力を喚起させる余情のバランスがとても優れている。この本は映像作品《不穏の子どもたち》(2014)のカタログで、マイケル・ハートとの対談も含まれています(大坂)。
Q. 愛用のアイテムは?
PROFILE
おおさか・こういちろう 1979年北海道出身、早稲田大学中退、ロンドン芸術大学(セントラル・セント・マーチンズ)卒業。2013年よりSCAI THE BATHHOUSEキュレーター。2015年にASAKUSA設立。
マテウシ・サピジャ 1989年ワルシャワ(ポーランド)出身。ゴールドスミス大学卒業。インディペンデントキュレーター。
(『美術手帖』2017年3月号「ART NAVI」より)