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映しだされる「アメリカの今」。
ホイットニー・バイエニアル 2017 現地レポート

ニューヨークのホイットニー美術館では、「ホイットニー・バイエニアル 2017」が6月11日まで開催されている。1932年に発足し、最新のアメリカ美術の定期的なサーベイ・ショーとしては米国内でもっとも長い歴史を持つ。今回で78回目を迎えた展示の様子を現地からレポートする。

文=國上直子

アサド・ラザ Root sequence. Mother tongue 2017

ポリティカル・アートのリバイバル 「ホイットニー・バイエニアル 2017」 現地レポート

キュレーターを務めたクリストファー・Y・ルー(写真左)とミア・ロックス(同右)。白人以外のキュレーターが統括するバイエニアルは今回が初めてとなる Photograph by Scott Rudd 2016

 ミートパッキング地区への移転を経て、新拠点にて初の開催となった「ホイットニー・バイエニアル 2017」。「人種間の緊迫状態、貧富の差、分極化する政治」という現在のアメリカが抱える問題をテーマに、63アーティストの作品が集められた。

ラウール・デ・ニエベス (奥壁)beginning & the end neither & the otherwise betwixt & between the end is the beginning & the end 2016 (手前左)Man’s best friend 2016 (手前右)The longer I slip into a crack the shorter my nose becomes 2016
アジェイ・クリアン Childermass  2017

 これまで、1993年に開催した展示でも、アイデンティティ・ポリティクスを取り扱う展示を行っている。当時は激しい批判にさらされたが、強烈な政治メッセージを掲げた展覧会として、現在では記念碑的な回となっている。そんなホイットニー・バイエニアルがポリティクスをテーマとして前面に打ち出すのは、実に24年ぶりとあって期待が高まっていた。

サマラ・ゴールデン The Meat Grinder’s Iron Clothes 2017
精巧に室内を再現したミニチュアを、合わせ鏡を使い無限の空間に仕立て上げる
トゥアン・アンドリュー・グエン The Island 2017 Collection of the artist courtesy the artist
ベトナム難民が多くたどりついたマレーシアの島を舞台にした映像作品。近未来のディストピアにおける物語が展開するなか、ベトナム難民の歴史が語られる。現代の難民問題とつながる

解説ラベルの役割が大きい展示内容

 実際に会場内を回ってみると、難解な作品が目に付いた。見る側を引きつけ、テーマを示唆したり、解釈を促したりする「トリガー」となるような視覚的要素が不足しており、自ずと作品の解説に目がいってしまう。

ジョン・ケスラー (左手前)Exodus 2016 (右奥)Evolution 2016
Occupy Museums Debtfair 2017
次のサブプライムローン問題と呼び声の高い「学資ローン」の問題を扱っている。返済を抱えるアーティスト30名の作品を展示。彼らの負債を合わせると4億円を超える
ジョン・ディボラ Abandoned Painting C 2007

 キャプションには、作品の意図が仔細に説明されているものの、腑に落ちないものも少なくない。さらに丁寧な解説が、かえって作品の解釈の余地を奪っているようにも見えた。メディアが多様化するなかで、つくる側と見る側が、共通認識できるイメージを確保するのは難しいのかもしれない。しかし見る側の「参加」を期待しない、やや一方的な作品展示が多い印象を受けた。

アリザ・ナイゼンバウム MOIA’s NYC Women’s Cabinet 2016
今年は絵画作品の多さが話題となっている
キャリー・モイヤー Swiss Bramble 2016
「美術史を参照」する昨今のトレンドをさらに進めた作品。ポップアート、抽象表現主義、フェミニズム・アートなどの複数の表現スタイルが、一画面上に集結して新たな抽象画をつくり上げる
シャラ・ヒューズ We Windy 2016
モイヤー同様、美術史上の表現スタイルが複数存在する作品。クリムトやカンディンスキーなどの影響が色濃く出ている

際立つ暴力のイメージ

 そんななか、観客の目を引いていたのは、「暴力」をテーマにした作品群だ。ヘンリー・テイラーの《THE TIMES THAY AINT A CHANGING, FAST ENOUGH!》(2017)は、2016年にミネソタ州で起きた、警官によるフィランド・カスティルの銃殺事件をもとにしている。カスティルが銃撃された直後の様子がフェイスブックで中継され、「警官による黒人に対する暴力」を伝えるイメージとして、大きな議論を巻き起こした。

ヘンリー・テイラー THE TIMES THAY AINT A CHANGING, FAST ENOUGH! 2017

 権威が社会的弱者に対して振るう暴力は、「不当なもの」という社会的合意は存在している。それにもかかわらず、この種の事件は後を絶たない。そこにはおそらく「黒人に対する暴力を根絶すべき」という言説の圧倒的正しさが、この問題自体を形骸化させてしまっているという側面があるのかもしれない。何度この問題に焦点が当たっても、何も変わらない。テイラーは、その苛立ちをタイトルに込めるとともに、もとの動画にあったカスティルの血をあえて省くことで、この問題に関し、市民のリアリティが欠如している現状に言及しているように見える。

 ジョーダン・ウルフソンの《Real Violence》(2017)は、ヴァーチャル・リアリティを使った作品だ。ヘッドセットを装着すると、ヘブライ語の祈りの言葉が流れ、ニューヨークの道端が映し出される。そこに立て膝になる白人男性と、その後ろに立つウルフソン本人が現れ、ほどなくウルフソンが男性の頭部をバットで思い切り殴り始める。続いて頭部を何度も蹴り落とし、男性の頭からは血が流れ出すという、非常に暴力的な内容である。

ウルフソンの作品を鑑賞する人々。17歳未満は視聴禁止となっている

 なんの脈絡もなく始まる激しい暴行に、観客は傍観者として巻き込まれていく。「作品」であるのはわかっていても、見ていると条件反射的に身体が強張ってしまう。実際の撮影には、ロボットが使われているが、映像の中では見分けがつかない。途中で観るのをやめる人、ナーバスに笑う人、げっそりした表情になる人などが見られ、否応なしに人間の本能的な部分に作用しているように見えた。

 テイラーとウルフソン作品を比べてみると、「なぜ虚構の暴力のほうが、現実の暴力よりもリアルに感じるのか」という疑問が生じてくる。ここには、人種や暴力が絡み合う社会問題がなかなか解決しない理由を考える糸口があるように思う。

人種問題を語る権利は誰にあるのか

 テイラーと同様、「黒人への暴力」を扱ったのが、ダナ・シュッツの《Open Casket》(2016)だ。1955年にミシシッピ州で起こった、黒人の少年エメット・ティルが激しいリンチを受け殺害された事件をベースにしている。「エメットが白人女性と馴れ馴れしく話していた」という誤った証言をもとに、女性の親族が凶行に及んだもので、裁判過程も含め、人種問題が複雑に入り組んだ歴史的事件となっている。

 エメットの母親は、息子が受けた暴力を多くの人々に知ってほしいと、本人かわからないほど変形してしまったエメットの顔が見えるよう、棺のふたを開けた状態で葬儀を行った。シュッツは、棺の中のエメットの姿をこの作品で描いている。

 絵の中のエメットは抽象化されており、一見それが人物であることすらわからない。顔の部分には、絵の具が厚く重ねられ、エメットの受けた激しい暴行を示唆しているものの、「暴力」のイメージはあまり感じられない。

ダナ・シュッツ Open Casket 2016

 バイエニアルが開幕すると間もなく、この絵の撤去と破棄を要求する声が上がった。理由は「白人であるシュッツに黒人の苦しみを題材にする権利はない」というもの。抗議のために会場で絵の前に立ちはだかる人が出たり、シュッツになりすまして作品の取り下げを依頼する人物まで現れたりと、この騒動は注目を集めている。

 シュッツはインタビューの中で、エメット・ティルを題材にすれば物議を醸すことは予想していたと語っている。だが、黒人に対する暴力がやまない「いまのアメリカ」だけではなく、人種を超えた「痛み」が投影されているイメージとして、このテーマをあえて選んだという。

 シュッツの作品をめぐる状況は、当事者以外が特定の人種グループに関わる問題を扱う権利があるのかという「文化の盗用」論争にも絡んでくる。このことは、同様のテーマを扱っているにもかかわらず、黒人であるテイラーがまったく非難の対象にならないことにもよく現れている。

セレスト・デュピュイ=スペンサーの作品群  2014-2016
現在のアメリカの姿が凝縮されたドローイング

 「人種問題の語り手の人種を差別する」というような、矛盾を抱えた不寛容さは、アメリカが抱える多くの社会問題の根底に流れており、トランプ政権以降、さらに悪化するのではないかと危惧されているものである。展示を通じて、図らずもその状況が浮き彫りになったという点で、今回のバイエニアルは「アメリカのいまを映しだす」という意義を果たしたと言えるかもしれない。

ラリー・ベル Pacific Red II  2017

編集部

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