メンテナンスのため長期の休館を経て約1年半ぶりに再開館を果たす三菱一号館美術館。11月23日に「再開館記念 『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」が開幕する。なぜ再開館記念展が「不在」となったのか? その狙いを二人の学芸員に聞いた。
三菱一号館美術館長・池田祐子からのメッセージ
今年4月に三菱一号館美術館の館長に就任した池田祐子です。私はこれまでずっと関西で美術館人としての経験を積んできたので、丸の内に関しては初心者です。それを逆手にとって、新しい眼や気持ちで、これからの三菱一号館美術館をみなさんと一緒に盛り立てていけたらと思っています。
当館は、日本のビジネス街の代名詞でもある丸の内の中心部にある美術館です。まずは丸の内で働いているビジネス・パーソンに対して、私たちがどのようにアウトプットしていけるのかを考えながら、その家族やパートナー、友人たちへ私たちの情報発信を広げていきたいと考えています。かつて丸の内エリアは週末には誰もいなくなることが課題とされていましたが、さまざまな街づくりの取り組みによって、現在は休日も賑わうようになっています。ぜひ、観光や休日の行楽目的のお客様にも足を運んでいただきたいと思っています。
再開館にあたって、「小展示室」の設置と多目的室「Espace1894」を開設します。小展示室は部屋を増設したのではなく、これまで別のことに使っていた部屋の用途を変更するというかたちになっています。所蔵作品紹介の場所という機能だけではなく、学芸員たちが自分のアイデアを試すことができる実験的な場所でもあり、キュレーターとしてスキルを上げていく人材育成の場所としても活用していこうと考えています。いっぽう、多目的室「Espace(エスパス)1894」は、レクチャーやワークショップ、インタラクティブなイベントなどを開催する予定です。美術館での活動を多様化して、関心層の間口を広げること、それによって美術館それ自体だけではなく、周辺地域の活性化にもつなげていきたいと考えています。
今後も、挑戦を続ける三菱一号館美術館をぜひ応援していただければ嬉しいです。
現代美術家と初のコラボレーションに挑戦
──それでは、ここからは展覧会について学芸員のお二方にお聞きします。本展でソフィ・カルとの協働が実現した経緯を教えてください。
杉山菜穂子(以下、杉山) ソフィさんは先日、今年の高松宮殿下記念世界文化賞の受賞も発表され注目が集まっていますが、当館での展示が実現したきっかけは、元当館館長で現・東京都美術館館長の高橋明也さんが、長年ソフィさんと交流のある白羽明美さんにご協力いただき、ソフィさんと話をしたのが始まりでした。2019年に彼女が来日した際、当館の「フィリップス・コレクション展」をご覧いただいたときに、当館が大切にしている所蔵作品のひとつ、オディロン・ルドンの《グラン・ブーケ》の前を通りかかり、関心を寄せてくださいました。
──《グラン・ブーケ》といえば、定期的に公開されるルドンの大きなパステル作品ですね?
杉山 その通りです。当館の人気作品のひとつで、専用の展示スペースを設けています。ただ、この作品は光に脆弱なパステル作品なので常設展示は難しく、年間でも限られた期間しか公開できません。じつは彼女が来館したときも、保存のための仮設壁が作品を覆い、その上から別の作品が掛けられている状態でした。隠されて見えないけれど、確かに作品がそこにあるという状況は、ソフィさんの重要な制作テーマである作品の「不在」に重なり、彼女の創作意欲を掻きたてたようです。その後、ソフィさんは自身の《グラン・ブーケ》を制作し、さらにそれを当館に寄贈してくださったのです。このことをきっかけに、彼女とのコラボレーションが実現しました。
──ソフィ・カルの《グラン・ブーケ》はどのような作品なのでしょうか?
杉山 ルドンのおよそ1/3くらいの大きさで、ライトボックス上にテキストが配置され、消灯と点灯を繰り返すことでテキストが浮かび上がったり、《グラン・ブーケ》の絵だけがパッと浮かび上がったりするような作品です。本来は2020年に開催した「1894 Visionsルドン、ロートレック展」の際に展示する予定でしたが、新型コロナウイルスの世界的な蔓延によってソフィさんが来日できなくなり、休館も挟んで4年越しでようやく展示が実現できることになりました。
──ソフィ・カルの《グラン・ブーケ》をハイライトとして、どのようなテーマで構成されるのでしょうか?
杉山 本展では、彼女の長年の制作テーマである「不在」というテーマを軸に、近年に制作された彼女の主要作品をあわせて展示するほか、当館が所蔵するトゥールーズ=ロートレックの作品も展示します。展示の構成としては、展示前半部分(3階)のロートレックを経て、後半部分(2階)のソフィ・カルの展示へと緩やかにつながる、2本立ての展覧会となります。
安井裕雄(以下、安井) この「不在」というテーマは、ソフィさんから提示されたものでしたが、休館中の当館スタッフにとっても非常に切実な問題として受け止められました。建物もコレクションも存在しているのに、お見せすることができない。そのような時、我々は何を考え、どのように行動すべきかを再考する機会となり、非常にタイムリーなテーマになったと思います。
ロートレックが描いた「存在」とは?
──では、展示前半のロートレックの展示について、本展ではどのような切り口となるのか教えて下さい。
安井 当館で過去に開催したロートレック展では、おおむね時系列に沿ったオーソドックスな見せ方でした。ですが、今回は「不在」というキーワードを軸に当館のコレクションを見直して、独創的な作品の見せ方を試みました。たとえば、ロートレック自身の「不在」です。
──ロートレック自身の「不在」とはどういう意味なのでしょうか?
安井 いまとなっては不思議なことですが、ロートレックは没後しばらくの間、美術史のなかで「不在」、つまり評価されていなかった時期がありました。当時、彼が活躍したポスターなど印刷物を中心とした商業美術分野は、油絵や彫刻といった伝統的な芸術分野に比べると一段低く見られていたからです。また、貴族階級出身であるにも関わらず、娼館への出入りやそこでの交友をあからさまに表現し、晩年のアルコール依存症による退廃した生活態度もマイナスに働きました。これに加えて、彼の生前高い評価を受けていたポスター芸術も20世紀に入ると当初のインパクトを失ったことも響きました。そこで、本展ではそんなロートレック「不在」の時期にも、彼を評価していた識者や芸術家が存在していたことに光を当てました。
──どんな人がロートレックを高く評価していたのでしょうか?
安井 例えば、パブロ・ピカソです。彼は生前からロートレックを高く評価していたひとりで、画業初期の作品には、ロートレックに触発されてサーカスや貧しい人々などを主題とした作品が残っています。また、《青い部屋》(1901年、ワシントンD.C.、フィリップス・コレクション蔵)という油絵のなかに、亡くなった直後のロートレックへのオマージュとして、ポスター《メイ・ミルトン》を描きこんでいます。
──ピカソのような先見の明があった有識者によって、ロートレックという「存在」が、記録され、語り伝えられるようになったわけですね。
安井 そうですね。また、これとは逆に、ロートレックが描き留めて記録したことで、いまは亡くなって忘れ去られ、「不在」となった当時の人々の「存在」が際立っている事実もあります。ポスターに描かれた人物たちの表情や体型、ファッションや持ち物は、どれも非常に個性的で、あらためてロートレックの鋭い観察眼や巧みな人物描写力を実感させてくれます。
──たしかに、ロートレックの版画やポスターはバラエティに富んだ表現が目立つように思います。
安井 そこから、本展では彼の作品のなかで色彩や形態が「不在」な作品についても取り上げ、彼の作品の多様な在り方をお見せしようと考えています。描線のみで豊かな表現を実現している作品(色の「不在」)や、色彩のみを次々と変化させた実験的な版画作品(形の「不在」)などを対比させて展示することによって、ロートレックの多彩な表現力を実感していただけると思います。
ソフィ・カルの近年の代表作品も
──ではいっぽうのソフィ・カルについて、《グラン・ブーケ》以外の注目作品を教えて下さい。
杉山 まず、誰が見ても心が動かされる作品として、《海を見る》を挙げておきます。14点の映像作品のうち、今回は6点が出品される映像インスタレーションで、海に囲まれたトルコの首都・イスタンブールで、貧困を理由に海を一度も見たことがない人々を集めて、彼らが初めて海を見るその瞬間を撮影。はじめて見る海に圧倒されて涙を流す人の姿なども収められ、感動的です。
《監禁されたピカソ》というシリーズのユニークな作品群も要注目です。本作は、2023年にパリのピカソ美術館が、彼の没後50周年を記念してソフィ・カルを招聘して開催された彼女の個展を当館で再構成したもので、ここでの制作テーマはピカソの「不在」でした。ロックダウン中のパリで特別にピカソ美術館を訪れた際、そこで目にした光景が彼女にインスピレーションを与えます。美術館の壁にはピカソの著名な作品が多く掛けられていましたが、それらは保存のために光を遮る保護紙で覆われており、まるで亡霊のように静かに並んでいました。この不思議な光景を目にした彼女は、ピカソの「不在」をテーマにした展覧会であれば自分が何かを表現できるかもしれないと感じ、制作に臨んだそうです。
──《グラン・ブーケ》の制作同様、作品の「不在」が彼女を制作に突き動かしているのが面白いです。
杉山 その展覧会では、美術館全体を使ってピカソの「不在」を象徴する展示が行われました。例えば、先のパブロ・ピカソ《浴女たち》をソフィさんがご自身で撮影した写真を展示し、ピカソ作品を見ることができないという体験を通して、ピカソの「存在」と「不在」を強く意識することになったわけです。本展では、この写真作品も展示します。
──また、彼女は写真や絵だけでなく、テキストを配した作品も目立ちますね。
杉山 テキストを効果的に取り入れた作品として、《なぜなら》という作品も初心者の方から楽しめると思います。本作は額装された写真の手前にソフィさんの言葉が綴られた布が掛けられ、鑑賞者はこの布を手でめくって、その下に隠された写真を見るという仕掛けになっています。ポイントは、布に刺繍されたテキストの存在です。彼女がその場面を撮影した理由や想いなどが綴られているのですが、これはいわば内容の説明にあたるわけです。つまり、作品を味わう前に、鑑賞者に対して先にその内容が言葉で解説されてしまう。一般的な美術作品の鑑賞のあり方と真逆の方法論を提示することで、美術作品のあり方に一石を投じたユニークな作品です。
じつは「なぜなら」シリーズはフランスで書籍としても出版されており、中を開くと、テキストが書かれた各ページに写真を収めたポケットがついており、展示同様に、読者はまずソフィさんの文章を読んでから、そのページのポケットから写真を取り出して鑑賞できる仕掛けになっています。彼女はこの本の日本語版の出版も望んでいたのですが、今回の展覧会を機に、青幻舎さんから日本語版が発売されます。ソフィ・カルの書籍はこれまで一冊しか日本語で出版されていなかったので、大きな出来事だと思います。まったく難しくなく、気軽に見て、クスッと笑ったりするような楽しめる本ですので、展覧会とあわせて読んでみるのもよいと思います。
──本展で、ソフィ・カルの作品に初めて触れる人もいるかと思います。鑑賞のためのアドバイスはありますか?
杉山 彼女の作品は、少し難解に見えるかもしれませんが、じつはそうでもなく、美術の専門的な知識がなくても直感的に楽しめる作品が多いんです。失恋の痛みや愛する者の死など、とても普遍的で、誰でも共感しやすいテーマで制作されています。彼女の作品を鑑賞しながら、自分自身の内面に向き合ってみると、より深い共感や理解が得られるかもしれません。もちろん、ユーモアを交えた軽やかな作品もあります。展示室のなかで気に入った作品があれば、あらためて彼女の書いたテキストを読み、作品について掘り下げて考えていくとよいでしょう。
──ちなみに、ソフィ・カルとロートレックは、同じフランス人作家ですが、生きる時代が異なる二人の間には何か縁や関連性はあるのでしょうか?
杉山 二人の間には直接のつながりはないので、本展は同じ「不在」というテーマでゆるやかにつなげた2本立ての展示となっています。ただ、その展示のつなぎ目の部分は工夫を凝らしています。当館が所蔵するロートレックの作品と、ソフィさんの作品から共通性があるモチーフでつなげる導線を考えました。ぜひ想像力を膨らませ、新しい発見につながるきっかけにしていただきたいと思います。
──これまでにない展示構成で、とても楽しみですね。
杉山 本展は三菱一号館美術館で初めて現代美術を正面から扱う展覧会となりました。これまでの当館のリピーターの方には縁遠いジャンルに感じられるかもしれませんが、ソフィ・カルの作品には親しみやすい作品も数多くあります。ぜひ、新しい美術館の試みとして、現代作家との協働による展示を注目していただけたら嬉しいです。
安井 いっぽうで今回は、新館長を迎えた新体制下での再開館第1弾となる記念碑的な展覧会として、当館の原点であるロートレックの所蔵作品を取り上げました。ただ時系列に作品を並べるのではなく、ソフィさんの「不在」というテーマに呼応して、展示の切り口をゼロから見直しました。ロートレックが描いた「存在」とはどんなものだったのか、私たちと一緒にぜひ考えていただきたいと思っています。私たちスタッフも、休館となり美術館が「不在」となり、これからどのように活動していけばいいのか、私たち自身の「存在」をもう一度問い直し、そしていまも考え続けています。答えは簡単に見つからないかもしれない。だけど、ずっと問いを発していかなければいけないと思っています。ソフィさんとの協働をきっかけに生まれた「不在」というテーマについて、皆様と一緒に考えていきたい。それが本展を開催する私たちの願いです。
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