百瀬文「口を寄せる」(十和田市現代美術館/2022年12月10日~2023年6月4日)
本展にあわせて制作された新作《声優のためのエチュード》(2022)が鮮烈な印象を残した。前作《Flos Pavonis》(2021)は政治的メッセージの強い短編映画仕立ての映像作品だったが、打って変わって《声優のためのエチュード》は圧縮度の高いサウンド・インスタレーションである。その内容は、「これは私/僕の声です」「これは私/僕の声ではない」という数種の台詞を読み上げる女性の声優の声が、ランプの明滅と同期しながら真っ暗な展示室に響き渡るというもの。それまで映像作品を数多く手掛けてきた百瀬が映像を封じた経緯も気になるところだが、振り返って考えれば、暗闇のなかに偏在する声=音像を身体で受け止める経験というのも一種の映像体験と呼べるのかもしれない。もうひとつ重要なのは、本展に通底するテーマが作家がかねてより追求してきた「声」であるという点。《声優のためのエチュード》では、話者から吐き出された「声」が「私」から分離して異物となるプロセスが扱われていたようにも思える。広告、宣伝、勧誘、禁止、命令、呪詛。「声」が過剰にあふれる情報社会を生き延びるすべとして、異物としての言葉を聴取/感受する感性は今後いよいよ問われるものとなっていくだろう。